120話─ありがとうを、仲間たちへ
「き、きき、きょうは、と、とて、とてもいい……て、てんき……けほ、けほ!」
『小僧、無理をするな。水を飲め、喉が潰れては元も子もないだろう』
『……ふう。そうですね、ちょっと休憩することにします』
魔夜との戦いを終え、一週間が経った。ユウはここのところ、シャーロットたちに隠れてこっそりと発声練習を行っていた。
過去のトラウマに決着をつけた彼は、決意したのだ。因縁のくびきから解き放たれた今こそ、未来へ向かって歩を進めるべきだと。
その第一歩として、吃音というトラウマに向き合い乗り越えることを決めた。少しずつではあるが、自分の声で話せるようにと。
『ふむ。トラウマを克服したからか……吃音も少し改善されてきているな。貴様の吃音、どうやら精神面が影響しているようだ』
『ボクもそう思います。魔夜を倒してから……驚くぐらい、声を出しやすくなりました。これなら、シャロさんたちに……えへ』
『貴様が考えていることは大体分かる。……我は応援してやるぞ、ありがたく思え』
『はいはい、ありがとうございます~』
精神面で大きく成長出来たこともあり、ユウはとある目標に向けて計画を進めていた。ユウの思考を読めるヴィトラは尊大な態度でそう口にする。
もはやユウも慣れたもので、軽口で答え微笑みを浮かべる。それからの三週間、ユウは練習を続けた。そして……。
「どうしたの? ユウくん。話があるだなんて」
「もしかして、なんかあったか? それとも今後の相談かあ?」
ある日、ユウは仲間たちを高級な酒場に呼び出した。わざわざ店を貸し切ったこともあり、シャーロットたちは何があったのかと首を傾げる。
『ハッ、貴様らを困らせるようなことはないから安心しろ。……いや、ある意味で困るかもしれんな? クククク』
「ムー、なんデスかそれ。ヴィーヴィーはいつも意味深なことしか言わないデス」
『なんだその気色悪い呼び方は。……まあいい、小僧。手はず通りにやれ』
『はい、分かりました。すうー……はあー……』
ヴィトラに促され、ユウは深呼吸する。そして……自らの想いを、念話ではなく。この一ヶ月、ずっと練習してきた肉声で仲間たちに伝える。
「ぼ、ボク、は……。き、きき、きょう……み、みんなに……つ、つた、つたえたいことが……あ、あり、あります」
「!? 坊ちゃん、声を!?」
「ユウくんが……喋った!?」
『静かにしろ、小僧の声を聞き逃すな』
ユウが肉声で話し始めたことに驚く憲三とミサキを、ヴィトラがたしなめる。全員が口をつぐむなか、ユウは話を続ける。
「み、みん、みんなが。さ、さささ、ささえてくれ、た、お、かげで。ボク、ボクは……トラウマを、の、のりこえ……ら、れ、れ……ました」
「ユウくん……」
「だ、だか、ら……きょ、きょきょ、きょうは、み、みんなに。か、かん、かんしゃを…、つ、つたえた、くて。お、おくり、ものを…、よ、ようい、しました」
そこまで言うと、ユウは手を横にかざして魔法陣を作り出す。そこに手を突っ込み、いくつかの花束と一つの布包みを取り出した。
まず包みを憲三に渡し、開封するように促す。憲三は恭しく受け取った後、包みを開ける。そこに入っていたのは……。
「これは……紋付き袴?」
「け、けん、けんぞうさんに……おく、おくりもの、です。ボクの、た、ために……はたらいて、くれ、たことへの……かん、しゃを」
『平服して感謝するがいい。現時点をもって貴様は小僧の忠実なる組織を創り、その長になる権利を与えられた。貴様ならその意味……分かるだろう?』
中に入っていたのは、背中に九尾の狐のシンボルが描かれた黒い紋付き袴。それを贈った意味は一つ。憲三はユウの右腕として、裏の組織の組長となることを許されたのだ。
「坊ちゃん……! なら、あっしは今改めて誓いやす。これから先も、どんな苦難が待ち構えていようと。あっしは貴方の忠実なるしもべとして、地獄の底まで義を貫きやす!」
「こ、こちら、こそ……よろ、しくおねがい、し、します。けん、ぞうさん」
片膝を突き、憲三は深くこうべを垂れ……誰にも聞こえないよう、小さな声で歓喜の嗚咽をあげる。男の涙は誰にも見せない、そんな彼の在り方を尊び……シャーロットたちは何も言わなかった。
「つ、つぎ、は、シャロさん、た、たちに……これ、を」
「これは……花束か?」
『ああ、我がアドバイスしてやった。感謝するのだな、小僧だけでなく我にも。ククク』
続いて、ユウは魔法陣から花束を四つ取り出す。鮮やかピンク色のバラを、百八本の花束にしたのだ。ヴィトラにアドバイスしてもらい、このチョイスにしたらしい。
「シャロ、さん。チェルシー、さん。ブリ、ギットさん。ミサキ、さん。み、みん、みんなのおか、げで……ボクは、こ、ここまでこられ、ました。ボク、ボク……は……」
「ゆーゆー……」
「ボク、は。みん、みんなが……だい、すきです。ずっ、ずっとささ、えてくれて……あり、がとう……!」
「ユウ、くん……!」
一人ひとりに花束を手渡し、ユウは感謝の言葉を述べる。飾らない、真っ直ぐな言葉。これまで恐れてきた、肉声での対話。
少年の真っ直ぐな想いを受け、シャーロットたちの目尻から涙が溢れる。ここに至るまで、ユウがどれほどのトラウマに苛まれてきたかを知るからこその……喜びの涙だ。
「こちらこそ、ありがとう。私たち、貴方と出会えて……一緒に過ごせて、本当に……ほんとうに、よかった……!」
「へへっ、いけねえや。こんなめでたい日だっつーのによ。なんでだろな、前がぼやけてよお……ぐっ、なんも見えねえや」
「ゆーゆー……。ゆーゆー……! ひぐっ、ずびっ、うああああん! ワタシこそ、ありがとうデスよおおおおお!!!」
「……ふふ。私は永遠に覚えておくよ。今日という喜びに満ちた日を。ああ……なんて、素晴らしいんだろう。ほん、とうに……ぐすっ」
感極まったブリギットを先頭に、シャーロットたちは花束ごとユウを抱き締める。ユウもまた涙を浮かべ、小さな身体で彼女らを抱き締め返す。
暖かな祝福の空気のなか、ユウの心の中にいるヴィトラはというと……。
(クククク、わざと小僧にバラの数による花言葉の意味を教えないでおいたが。後で面白いものが見られそうだな、この分では。フハハハハ、花言葉を教えてやった時の狼狽えっぷりが今から楽しみだ!)
悪い高笑いをしていた。そう、ヴィトラはのちに波乱が起きることを予期した上でわざと百八本のバラを贈るようにユウに提案したのだ。
百八本のバラ、その花言葉は『結婚してください』……つまりはド直球のプロポーズなのである。シャーロットたちはその意味を知っているが、今はユウが肉声で話してくれた感動で頭からすっぽ抜けているらしい。
ちなみに、ピンク色のバラの花言葉は『感謝』。こちらに関してはヴィトラが真面目にチョイスしてくれたらしい。焼け石に水だが。
「今日は、日が暮れるまでお祝いしましょうね。ユウくんの新しい旅立ちを!」
「は、い。え、えへへ」
こうして、過去を断ち切った少年は新たな一歩を踏み出した。愛する仲間たちと共に……輝ける未来へ向けて。
◇─────────────────────◇
「四人の大精霊、そして精霊騎士の長よ。長きに渡る使命の遂行、ご苦労だった。これより、全ての機密指定を解き……約束通り、自由を与えよう」
「ホホホ、ありがたき幸せにございます。大精霊筆頭、【地のラドルチェ】……バリアス様に感謝致しますぞ」
同時刻、神々の大地グラン=ファルダにて。大神殿に、時空神バリアスと彼の前にひれ伏す五人の男女が集っていた。
ラドルチェと名乗った、褐色の肌を持ちライトブラウンの巫女服を着た女が神に感謝を述べる。それに追従し、残りの四人も頭を下げた。
「思えば、遙か遠き神世の時代から……君たちには苦労させてばかりだった。これからは長い休暇を楽しんでほしい」
「ええ、我々としてもようやくあの忌まわしい次元の亀裂を完全に消滅させられて喜ばしい限り。もっと早く行えていれば、先のフィニス戦役にも力を貸せたのですが……」
「ラドルチェ、そう卑下することはない。君たちは成し遂げたんだ、もっと誇ってくれていいんだ」
「そーそー、これからはウチらもベルドールの魔神とかと大手を振って交流出来るわけだしぃ~。チョーうれしー、みたいな」
「オルティナ、バリアス様の御膳であるぞ。口を慎め。……そういえばバリアス様、例の予言についてですが……」
「ああ、覚えているとも。……六万と二千年ぶりに生まれるぞ。全ての精霊に祝福されし者……【精霊の愛し子】が。あと七百年後に、ね」
格式張ったやりとりも終わり、和やかに会話が進むなか。バリアスは精霊たちにそう告げる。それを聞き、精霊たちは嬉しそうにしていた。
「あら~、ついに生まれるのね~。うふふ、今から楽しみだわ~」
「愛し子の父母なぞ、もう舞い上がっておりましてな。気の早いもので、もう我が子の名前を考えたと嬉しそうにしておりました」
「ほう、それは確かに……。聞いてもいいかな? その子の名を」
「ええ。新たなる愛し子の名は……イオン。我ら精霊の言葉で【調和】を意味しております」
ユウたちが新たな一歩を踏み出すなか、世界にも変化が訪れようとしていた。遠い未来で、新たなる英雄が生まれようとしていることを。
そして、その英雄の両親とユウが近い未来に出会いを果たそうとしていることを……まだ誰も知らない。
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