119話─白銀の断罪
しばしの時を経て、魔夜との戦いで魂を削り取られ離脱していたミサキが帰ってきた。その事実が、いよいよもってユウたちの優位を決定づける。
「ミサキ! もう身体は大丈夫なの?」
「もちろんさ、シャーロット。私はよみがえったのさ、竜のように強くたくましく……ね。さあ、あの時の借りを返させてもらおうか」
「ああ、あの時の小娘ね。性懲りもなくまた魂を消し飛ばされに来るとは……バカな娘。いいわ、なら」
「させないさ! 九頭龍剣技・参ノ型……地ずり昇竜斬!」
復活を果たしたミサキを見下し、今度こそ始末せんと構える魔夜。だが、魔夜が仕掛けるよりも遙かに早くミサキが動く。
妖刀を用いた強烈な斬り上げを炸裂させ、リベンジの一撃を叩き込んだのだ。胸元を切り裂かれた魔夜は、たまらず後退する。
「ぐうっ! この小娘、よくも……」
「二度はやられない、ユウくんを守るためにもね! だが……お前をブチのめしたいのは私だけじゃあないからね、ここは公平に……全員に叩きのめされてもらおう!」
「は? なに……ごふっ!?」
よろめく魔夜に素早く近付き、渾身の蹴りを放つミサキ。相手を吹っ飛ばした先には、チェルシーがいる。一人ずつ順番に、魔夜に制裁を下そうという腹積もりなのだ。
それを即座に理解したユウたちは、一旦構えを解き待機する。自分の番が来るまで、力を溜めておくことにしたらしい。
「へへ、ありがとよミサキ! っつーわけでよ、ユウを苦しめてきたツケを支払ってもらうぜ、鬼ババア! ビーストクラッシュ!」
「ごふぁっ! このっ、調子に乗るんじゃないわよゴミクズがぁぁぁぁ!!」
「ゴミ? そりゃテメェのことだろよ。そうやって自分以外を貶めるような奴がな、一番のゴミ野郎なんだぜ! ジャガーブレイク!」
二番手となったチェルシーは、待ってましたとばかりにハンマーを叩き付ける。カエルのように地面にへばりつくも、魔夜は即座に起き上がった。
罵倒しつつ反撃しようとするが、真っ当な反論と共に放たれた第二撃を食らいまたしても吹き飛ばされる。
「あぎゃあっ!」
「というわけで、次は私よ。ユウくんの最初の仲間として……あなたの悪行、ここで裁かせてもらうわ! ディザスター・アロー【雷光】!」
「チィッ、舐めるな! デリートガード!」
「あら、防いだの。ふぅん、そのくらいは出来るのね。まあどうでもいいけど」
「こんのぉぉぉ……! 私を誰だと思ってるわけ!? お前みたいな下等な存在、本来なら私と口を利くことすら許されないのよ!」
続いて制裁を下すのはシャーロット。電撃を纏う矢を放つも、これは防がれてしまう。だが、気にした様子もなく腕を振るう魔夜の攻撃を避けながら挑発する。
「ずいぶんと物を知らない異邦人なのね、私は魔戒王コーネリアスの娘。あなたなんぞより、さらに高貴な身分なわけ。身分でマウントを取るのは、普段は下品だからしないけど今回は特別よ。……そちらこそひれ伏しなさい、この下民!」
「ぐ……がああああ!!!」
が、こちらもこちらで相手をひれ伏させるどころか、あっさり反論される結果に終わった。そもそも、異世界であるクァン=ネイドラでは地球での地位や肩書きなどなんの意味も無い。
新たなる世界での実力や地位こそが重要なのだが……。北条財閥の総帥というかつての立場に固執する魔夜には、それを理解することは出来なかった。
「もう息が上がってきてるの? 運動不足みたいね、だらしない。これなら目を瞑ってても当てられるわ。ディザスター・アロー【雷光】!」
「ハア、ハア……この……! あぎいっ!」
「ふう、今度は直撃させられてスッキリし」
「フオオオオオ!!! モー辛抱ならないデスマス! 次はワタシがゆーゆーの恨みを晴らさせてもらうデェェェス!!!」
『相変わらず五月蝿い奴だ。まったく……』
逆上し攻撃をより苛烈にする魔夜だが、すぐにスタミナが切れてくる。そこに再度攻撃を放ち、電撃を浴びせるシャーロット。
満足したところに、我慢の限界がきたブリギットが突撃してくる。ハイテンションな大声に、ヴィトラは辟易していた。
「魔力解ホーウ! お仕置きしてやるデェェェェェス!!!」
「おお、ブリギットの姐さんが巨大化しやしたねえ。こんな隠し球があるたぁ驚きでやすな」
「さあ、ゆーゆーやみさみさを苦しめた罰を与えるデス! そやっ!」
「へぶぇっ!」
体内で濃縮していた魔力を解き放ち、ブリギットはヘカテリームに修行の成果を見せた時のように巨大化する。……いや、今回は当時よりもさらに大型化していた。
憲三が驚くなか、容赦なく魔夜を踏み潰すブリギット。情けない声を出して潰れる魔夜だったが、気合いと怒りで立ち上がり押し返そうと踏ん張る。
「ぐぬぬぬぬ……!!! ガラクタ風情がいい気になるんじゃないわよ! それに、この状況なら私のチート能力で」
「あー、それは無理デス。ワタシは自動なので、魂に対スル攻撃には耐性があるんデスよ。この巨体ダト、お前の攻撃が魂に届くマデかなりかかるので……その前に決着デスね! ほいや!」
「へぶぁっ!」
ブリギットの足を持ち上げ、そのまま魂を削り取ろうとする魔夜だったが……そう言い返された挙げ句、ボールのように蹴り飛ばされた。
無様にヘリポートを転がる魔夜を、憲三が静かに追う。右手には、いつの間にかドスが握られていた。当然、彼の目的は……。
「さて。姐さんたちの仕置きは終わりやしたし……次はあっしの番でさあね。エンコ、詰めさしてもらいやしょ」
「ぐ、うう……がふっ!」
「指一本、なんてヌルい仕置きじゃあ終わりやせん。早苗サンの死を侮辱した罪は……そんな程度じゃ拭えねえ。片手をまるごと詰めさしてもらう、覚悟しいや!」
「チィッ、させないわよ!」
そう叫んで起き上がり、憲三を仕留めようと襲いかかる魔夜。だが、散々痛め付けられ消耗した身体で勝てるわけもなく。あっさりとかわされ、右手首を掴まれ捻り上げられた。
「いたたた!」
「呆気ないもんでやすねえ。かつて大勢のスジモンを顎で使ってた女も、今じゃ落ちぶれこんな有様……情けなくて泣けてきまさぁ!」
「あがああああ!!!」
かつての主にケジメを付けさせるべく、憲三はドスを振るう。右手を切り落とし、ユウの方へ向けて魔夜を蹴り飛ばした。
「坊ちゃん! あっしらがやるのはここまででやす。最後のケジメは坊ちゃんがつけてくだせぇ!」
『ありがとうございます、みんな。……ここからは、ボクがやります』
「く、うう……! なんで、なんでなのよ。私は最強の力を手に入れたのよ! なのにどうしてこんないいようにされるわけ!? どうして勝てないの!?」
うずくまりながら右手首を押さえ、魔夜は叫ぶ。そんな彼女を見下ろしながら、ヴィトラが嘲るように語りかける。
『ハッ、知れたこと。どんなに強大な力を持とうとも、それを活かすことが出来なければ裸の王も同じ。仲間と連携して畳みかけてくれば、多少脅威にはなったがな』
『でも、お前は自分以外の全てを見下し……誰とも手を取り合わず、ただ捨て駒にするだけでした。そんなのが、心を通わせ共に死闘をくぐり抜けてきたボクたちに勝てる道理はありません』
ヴィトラに合わせ、ユウも告げる。どんなに強大な力を持っていても、たった一人では出来ることに限界があるのだと。
そう静かに語った後、ユウは左腕に埋め込まれたマジンフォンを操作して決着をつけにかかる。魔夜は残った左手で仕留めにかかろうとするが、もう遅すぎた。
「させ……」
【アブソリュートブラッド】
『残念ですが、これで終わりです。……前世のパパを貶めたこと、後悔しながら滅びなさい! デッドエンドストラッシュ!』
「あ……がああああ!!!」
銃身に取り付けられた刃を振るい、突撃してくる魔夜にカウンターを食らわせるユウ。少しずつチリになっていく己が身体を見ながら、魔夜は絶望の表情を浮かべる。
「そん、な……。この私が……こんな、ゴミ共にやられる……? 嘘よ、こんなのは……嘘、なの……よ……。嫌、また……死にたく、な……」
『消えなさい。この三千世界のどこにも……お前が生まれ変わる場所はありません』
実の息子、夫、そして多くの罪なき人々を苦しめた悪女はチリになり……その魂は、完全に消滅した。もう、ユウが過去に苦しむことはない。
美しい陽の光に照らされながら、ユウは仲間たちの方へ振り向く。トラウマを乗り越えた少年は、大人への階段を一歩登った。
そうして、未来へと歩んでゆく。大切な仲間たちと、手を取り合って。




