118話─怒りと哀しみの銀狐
『小僧、貴様……』
『……ボクは決めたんです。もう迷わないと。だから……もう、行かなきゃ』
断末魔の声すら残さず、ゴンルザは消滅した。その傍らで、ユウは背中の傷を再生させながらヴィトラに答える。しばし身体を休めた後、出発しようとした……その時。
「ユ、ウ……。う、うう……。そこに、誰かいるのか……?」
『!?』
『ほう、こやつ……最後に正気に戻ったか。これも神の気まぐれ、というやつかな?』
身体がチリに変わりつつあるアストラルM改……八雲が洗脳から解き放たれたのだ。思わず彼の元に駆け寄り、ユウは抱き上げる。
「ああ……誰か、いるんだな。もう、目は見えないが……僕を、抱いてくれてるのか……」
『……』
「一度ならず、二度までも……僕は、死ぬのか……。魔夜に……弄ばれたまま……」
『ごめん、なさい……。ボクは、貴方を……助けられなかった……』
どうやら、八雲は自らが一度死んだ後で魔夜に利用されていることを認識していたようだ。相手に絶望を与え、徹底的に尊厳を踏みにじる。
そんなやり口を好む魔夜によって、彼は翻弄されたのだ。すでに目がチリとなった彼に、ユウは呼びかけ謝罪する。
「いいんだ……君が、謝ることはない。ただ、最後に……会いたかった。僕の子に……ユウ、に……」
『小僧。呼んでやれ、こやつを父と。それが貴様のしてやれる……最初で最後の親孝行だ』
最後に残った、心残り。それを解消してやれとヴィトラが促す。ユウは頷き、八雲の耳元に顔を近付けた。そして、涙声で告げる。
『あなたの子は……ここにいます。世界を超えて、生まれ変わって……大切な人たちと、新しい家族と。ボクは……生きています。パパ』
「! そう、か……。ユウ、なんだね……この温もりは……」
『パパ……あなたのこと、ずっとずっと忘れません。この温もりを……声を……いつまでも、ずっと』
「ああ、ありがとう……。これで、もう……思い残すことは……ない。さようなら……僕の、愛しい……ユ……ウ……」
最初で最後の親子の語らいを終え、人ならざるモノに成り果てた八雲の肉体は消滅した。少しして、立ち上がったユウは部屋の奥へ歩き出す。
ひたすらに、ただ奥へ。基地の中に漂う殺気の主の元へと。しばらく廊下を進み、行き止まりにある扉を殴り破った先に……。
「来たわね、生ゴミ。誰も彼も役に立たないわね、本当に……苛立たしいわ」
『……』
「なんとか言ったらどう? それとも言葉を忘れたのかしら?」
扉の向こうにある、広々としたヘリポート。そこに、魔夜がいた。相も変わらず、全てを見下しきった目をしながら。
『黙れ、下郎。小僧も我も、今最悪な気分でな。ケモノ以下のゴミと口を利きたくないだけだ』
「そう、じゃあもう喋らなくてい……ぐっ!?」
『……さない。魔夜! お前だけは絶対に許さない!』
偉そうに口上をつらつら述べる魔夜にファルダードアサルトを向け、弾丸を連射するユウ。あえてマガジンは装填していない。
殺傷力のない素の魔力弾を、怒りのままに連射する。そんななか、口上を邪魔されブチ切れた魔夜がユウを睨む。
「んのガキがぁぁぁぁ!!! 今度こそ魂を消し去ってやる! 覚悟しなさ」
「おっと、そいつは無理な話ですね。さ、エンコを詰める時間ですぜ。一本と言わず全部お詰めなせぇ!」
「な……くっ!」
魔力障壁を展開して銃弾を防ぎつつ、ユウに向かって突進する魔夜。そんな彼女の頭上から、憲三の声が響く。魔夜がサイドステップした直後、彼女のいた場所に忍びが降り立った。
「申し訳ありやせん、坊ちゃん。ちぃっとばかし忘れ物の回収をしてやしまてね。遅れやした」
「ユウくん、無事!? ……そうね、よかったわ」
「よっ、無事合流出来たな!」
「ゆーゆー、ここからはワタシたちも加勢しマース!」
『フン、後からゾロゾロと……アリの行列か』
『シャロさんたちも無事でよかったです! これで……役者は揃いましたね』
続いて、憲三と合流したシャーロットたちもヘリポートに降り立つ。それぞれの敵を打ち倒し、再び集った。邪悪なる魔女を滅ぼすために。
【0・0・0・0:マジンエナジー・チャージ】
『ビーストソウル……リリース! 魔夜、お前の罪を……今ここで! 全て裁く!』
『我は邪悪の化身だ。だが、貴様は醜悪極まりない存在。……疾く去れ。この世界のどこにも貴様の居場所はない!』
「フン、くだらない。全員まとめて【薄れ消え果てよ、魂】の餌食にしてやるわ!」
両手に滅びの力を纏い、ユウたちの魂を消し去らんとする魔夜。最初に狙いを定めたのはユウ……ではなく、憲三だった。
「まずはお前からよ、憲三! この私を裏切った罰を受けなさい! ソウルエンドウィップ!」
「ハッ、そんなもん……」
『憲三さん、ここはボクに任せてください。そんな鞭、本人ごと吹き飛ばしてやります! こゃーん!』
「うぐっ!?」
魔夜にとっての裏切り者の始末を優先し、それを憲三が迎え撃つ……という構図になるはずだった。が、ユウが割って入り魔力濃度を高めた弾丸を叩き込む。
よほど彼女の行いが腹に据えかねたのであろう、普段の彼からは想像も出来ないほど怒りのオーラが放たれている。魔夜は何も出来ず、後退するばかりだ。
「おー、すげー……。ユウの奴、かなり張り切ってんな。見ろよ、マガジン付けてないとダメージねえはずなのになんか血出てきてんだぜ?」
「ゆーゆー激オコなのデス。こりゃーワタシたちが出る幕はなさそ」
「んなわけないでしょうが! ぐっ、くうっ……いでよ、我が分身たち! 邪魔をする廃棄物共の魂を消し去ってやりなさい!」
「……うなんてことはないデスね。そいじゃー返り討ちにするデスマス!」
もうこのまま見ているだけでいいんじゃないか、とブリギットたちが思った次の瞬間。魔夜は分身を四体生み出し、ユウの仲間たちへとけしかける。
できる限り乱戦にならないよう、ヘリポートの各地に分散して分身を迎え撃つシャーロットたち。一対一の状況を維持し、素早く撃破するのが理想だ。
「ユウくん、分身は自力で処理出来るわ。だから貴方は本体の撃破を最優先して!」
「坊ちゃんの手ェ煩わせるこたぁしやせん、こっちは気にせず暴れておくんなせぇ!」
『分かりました、そちらはみんなに任せます!』
魔夜の分身は本体と同じく、脅威となるチート能力を有しているようだ。だが、その対策は非常にシンプル。要は、相手の手に直接触れなければいい。
すなわち、遠距離からの攻撃に徹し、相手が反撃したきたら回避に専念する。後は分身を仕留めるまでそれを繰り返すだけの作業なのだ。
もっとも、そう言い切れるのはシャーロットたちのように確かな実力がある場合だけ。そうでなければ、返り討ちにされる。油断は禁物なのだ。
「私の分身に勝てるわけがないわ。あんな下等生物共、すぐに魂を削り取られて滅び去るのよ!」
『シャロさんたちは下等生物なんかじゃない! みんなは、ボクの大切な仲間……侮辱することは許しません!』
【0・0・0・0:マジンエナジー・チャージ】
『ビーストソウル・リリース!』
「ハッ、くだらないわね。例えどんな姿に変わろうと、お前の価値も事実も変わらない! ユウ、お前が私の栄誉ある経歴を穢したゴミであることに! ソウルエンド・ハンド!」
マジンフォンを操作し、銃の魔神へと姿を変えたユウ。それを見て嘲り笑う魔夜へ、より強い怒りを燃やす。
己以外の全てを見下す、どこまでも傲慢な悪女を仕留め……八雲や早苗の無念を晴らすため。そのために、少年は力を振るう。
『無価値? ええ、確かにお前にとってのボクはそうでしょうね。でも、もうそんな言葉には迷わない、脅えない、怯まない! ギガマギカショット!』
「ぐうっ! このっ、目障りなガキめ! さっさと滅びなさい、いつまでも私の視界に入り込むな!」
『その言葉、そっくりそのままお返しします! ブルータルストラッシュ!』
突撃してきた魔夜の拳を避け、左腕と一体化したファルダードアサルトを振るうユウ。銃身に取り付けられた刃が煌めき、魔夜の背中を切り裂く。
「あがっ! このっ、いつまでも調子に」
『乗るな、と言いたいのだろう? 残念だがその頼みは聞けぬ。我も小僧も、あの小娘たちも絶好調。貴様を屠れる喜びに打ち震えているからな、このまま調子を上げさせてもらおう!』
「ぐうう……こうなったら!」
『! みんな、気を付けてください! 魔夜がなにか……わぷっ!』
「ムッ、煙幕デス!」
ユウに押されている現状を認めたくない魔夜は、隠し持っていた魔力の玉を地面に叩き付けスモークを発生させる。煙がヘリポート内に充満し、ユウたちの視界を奪った。
「へっ、とんだ小物だな。ちょっとやられたからってすぐ小細工に走るたぁな! 言っとくが、アタシは鼻が利くんだぜ? 視界を奪ったところで無意味だ!」
「ああ、そうさ。それに、ここからは私も加わるからね。魔夜……もう、お前は誰も傷付けることは出来ない! 九頭龍剣技・伍ノ型! 瞬閃・破穿突!」
本体による妨害に乗じ、チェルシーたちを一方的に襲おうとする分身たち。だが、それは叶わなかった。天を切り裂き届いた声と共に、鋭い銀閃が放たれたからだ。
声の主は、頼もしき仲間。渦巻く風で霧を払い、分身たちを纏めて葬ったミサキが……魂の治療を終え、参じた。
『ミサキさん!』
「待たせてごめんよ、ユウくん。そしてみんな。私は帰ってきた。……果たすべき使命を胸に抱いて、ね」




