117話─父と、子と
『さて、喜ぶがよいデカブツ。ここからは少し、我が遊んでやろう。感謝するがよい!』
「フン、選手交代ってか? いいぜ、叩きのめしてやるよ!」
音叉の効果で分身は全て消え、数の優位は失われた。アストラルM改は妨害に全力を費やしているらしく、動く気配を見せない。
その代わり、ゴルンザが立ちはだかり相方を守る構えを取る。ユウを消耗させる作戦にシフトしたようだ。
『ククク、そう簡単に勝てるとでも? 身の程を知らぬ小僧を相手にするのも久しい、精々我を楽しませてみよ!』
アストラルM改による妨害でユウが動けなくなり、ヴィトラが代わりに少年の身体を操作することに。ゴルンザがモーニングスターを振るうなか、恐れることなくヴィトラは走る。
スライディングで鉄球を避け、そのままゴルンザに組み付こうとする……が、相手が持つ大剣の一薙ぎがそれを阻む。急ブレーキをかけ、バク転で華麗に避けた。
「チッ、木の葉みたいにヒラヒラと!」
『小僧、心の深層で見ておけ。そして盗んでみよ、これが我の技だ!』
「んな……ぐおっ!?」
『これは……! まるでアンジェリカさんのような……!?』
引き戻された鉄球を蹴り付けて地面に叩き落とした後、その反動で再度跳躍する。その勢いのまま急降下し、鋭い跳び蹴りをゴルンザに放つ。
それは、以前修行をしてくれたアンジェリカを思い起こさせる威力があった。予想外の攻撃法に、ユウもゴルンザも驚きを隠せない。
『凄い蹴り……! ボクにも伝わってきますよ、この鋭さが……!』
「ぐお……」
『どうした? 相方が動けぬならその分貴様が頑張らねばならぬだろう? ん?』
「んのアマァ! ぶっ殺してやる!」
『ハッ、吠えるだけか。なら押し通るのみ! シャドウハイドタックル!』
顔面を蹴られ、数歩後退ったもののすぐに体勢を立て直す。大剣を振り下ろし、着地したヴィトラの隙を突こうとするもあっさり一撃を皮一枚で避けた。
そして、低空姿勢でタックルをブチかましてゴルンザを吹き飛ばす。思わずモーニングスターが手を離し、大男が階段の支柱に激突する。
「ぐふっ!」
『よし、道は開けた。この不愉快な騒音の元を絶ってくれる!』
「チィッ、させるかあっ! メガロックシュート!」
ゴルンザという障壁がなくなり、アストラルM改への道が開けた。音叉を破壊するため跳躍するヴィトラを阻止すべく、ゴルンザは身体の一部を砲弾のように放つ。
『バカめ、少し遅かったな! フルムーンハンマー!』
『やった、音叉が砕け──!?』
ヴィトラは身体を縦に一回転させ、鋭いかかと落としを以て音叉を蹴り砕く。これで妨害は止まったと、ユウが喜んだ……その時。
『あら、何をそんな嬉しそうにしているのかしら? このビッシリ書かれているのは……』
『ああ、今度生まれる僕らの子どもの名前をね。いろいろ候補を考えてるんだ。魔夜、君は何にしたい?』
(え? え? い、一体なにが……?)
音叉を破壊したことで、ユウの中にアストラルM改が人……彼の父だった頃の記憶。『鏑木八雲』の想いが流れ込んできたのだ。
『そうね……なら、これにしましょう。優……ユウ。誰よりも優しい、思いやりと愛に満ちた子になるように』
『ユウ……いいね、そうしよう。君のお腹の子が生まれてくるまであと三ヶ月か……今からとても待ち遠しいよ』
ユウが垣間見たのは、屋敷の一室で語らう二人の男女。片方……腹が膨らんでいる女が魔夜、もう一人の落ち着いた雰囲気の男……彼こそが前世での父だと。
理屈ではなく、魂で。ユウは理解した。幽霊のように宙に浮かぶ少年は、思わず父へと手を伸ばし……直後、場面が変わる。
(こ、これは……?)
『魔夜、そろそろいいだろう? 北条家の習わしとしてルールがある以上仕方ないが、あの子が生まれてからもう三年だぞ? いつになったら僕に会わせてくれるんだい!?』
『ええ、ようやく段取りがついたの。悪いわね、ずっと待たせて。でももう大丈夫よ』
次にユウが見たのは、夜の波止場に停めた車の中で魔夜に電話をかけている八雲だった。どうやら、ユウの出産から三年経っているらしい。
電話越しに聞こえる魔夜の声に、ユウは背筋を凍らせる。三年前、まだユウを産む前にはあった慈愛の色はそこになく……邪悪な響きを潜ませていた。
『そうか、ならよかった! で、こんな人気のないところに呼び出されたわけだが……ここでどうすれば?』
『ユウは今、特別な施設で【育てて】いるのよ。そこへ案内する使者を向かわせているから少し待っていて?』
(この声は、ボクを殴る時の……! ダメ、逃げて、その車から逃げて!)
ユウはすぐに気付いたが、八雲は気が付くことが出来なかった。魔夜が己を謀殺しようとしていることを。そして……。
『随分と物々しいね……分かった、それで迎えの者はどれくらいでくる?』
『……気にする必要はないわ。私にあんなおぞましいものを産ませたゴミなんぞがね!』
『魔夜、なにを……!?』
電話の向こうにいる魔夜が豹変した、次の瞬間。車に仕掛けられていた爆弾が作動し、爆炎と轟音が波止場に広がる。
『愚かな男。出来損ないの遺伝子しか渡せないようなゴミに生きる価値などない。ましてや、この私の夫としてなど。寂しくはないわよ? 見込みがないと分かったら、もう一人のゴミもお前の元に送るから』
車の中から吹き飛ぶ携帯電話から、魔夜の冷酷な声がユウに届く。直後……少年の意識は現実に引き戻された。
数秒か、数分か、それともそれより長い時間だったのだ。白昼夢から覚めたユウは、自分の意思で身体を動かせることに気付く。
『呆けるな、小僧! 音叉は我が砕いた、ここからは貴様がやれ!』
『ハッ! ……分かりました、ありがとう!』
「グ、ウ……ユ、ウ……ユウ、ユウ……!」
ヴィトラの言葉で我に返り、アストラルM改に攻撃を加えようとするユウ。だが、アストラルM改……否、八雲の声に動きを止めてしまう。
彼もまた、音叉の破壊がトリガーとなって自我を取り戻しつつあるようだ。そんな戸惑うユウの背後から、凶刃が迫ってくる。
「バカが、背中ががら空きなんだよ! 食らえやあっ!」
『うぐっ!』
『小僧、貴様何をしている! 避けぬかバカ者!』
ダウンから復帰したゴルンザが大剣を振るい、ユウの背中を切り裂く。鮮血を撒き散らしつつ、一旦ユウは距離を取る。
『う、くう……。すみません、油断していました。でも、次は食らわない……!』
『当たり前だ、貴様は我以外に倒されてはならぬのだ。さっさとあの愚物共を始末せよ!』
『ええ、言われなくても!』
「チッ、仕留め損なったか。なら二人がかりでトドメを刺してやる!」
ゴルンザは手のひらから魔力を放出し、地面に落ちたフレイルを引き寄せる。そのままの勢いを乗せ、ユウ目掛けて鉄球をスイングさせた。
「死ねえええ!! ユウゥゥゥゥゥ!!」
『ボクはまだ死ねない! 魔夜を倒して……この人を』
「ユ、ウ……?」
『あの女の操り人形から解き放つために! チェンジ!』
【クイックモード:アルティメットアクセラレイション】
ユウはアストラルM改を一瞥し、素早くマガジンを入れ替える。左目に『10』の数字が現れた瞬間、ユウは駆ける。
ヴィトラのようにスライディングを用い、スローモーションで迫ってくる鉄球をかわす。そして、マジンフォンを操作し……。
【……8】
【アブソリュートブラッド】
『まずはお前から……! シルバーテイルドリラー!』
がら空きなゴルンザの胴体に、白銀のドリルとなったユウが突撃する。カウントが減っていくなか、渾身の一撃が宿敵を貫く。
【……5】
『よし、次は……』
『やれるのか? 小僧。あの一瞬呆けた時。何を垣間見たかは大体察しがつく。親殺しの咎を背負うことはあるまい。ここは』
『ダメです! あの人は……ボクが解放しないといけないんです。例え面識はなくとも……あの人は、ボクのもう一人のパパだから……!』
ゴルンザの死が確定し、その後。迷いを見せるユウに、ヴィトラが声をかける。だが、少年は彼女の言葉を否定する。
残酷な運命に弄ばれた哀しき父を、再び眠りに。その決意を胸に、ユウは涙を流しながら相手を見据える。
『シルバーテイル……ドリラァァァァァ!!』
【……1】
(……さようなら)
【タイムアウト】
(もう一人の……パパ)
加速が終わり、世界の速度が元に戻る。その瞬間、地に立っていたのは……ユウただ一人だった。




