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114話─憐れなる魂よ、永久に眠れ

「ど、どうして……なんであんたさんが!?」


『ホホホ、驚いてくれたようね。喜びなさい、お前が償うべき者をわざわざ呼んであげたのだからねぇ! やりなさい、アストラルM』


「ウウ……アアア……!」


 本来ならばカマキリの頭があるべきところに、血の涙を流し苦痛に表情を歪める女性……早苗の顔があった。魔夜の命令によって、おぞましい姿に変わり果てた早苗は憲三に襲いかかる。


 折り畳まれていた腕を伸ばし、鎌による鋭い一撃を放つ。間一髪、我に返った憲三が横っ跳びに回避したその直後。彼のいた床に小さなクレーターが出来ていた。


「ウ、グウア……アアア!!」


「魔夜ァ……! あんた、早苗サンに何をしやがったぁぁぁぁぁ!!!!」


『これはお前への罰よ、憲三。この私を裏切ったお前への見せしめに、このアバズレを手駒にするようちょっと動いた。それだけよ』


「テメェ……テメェは……! 生きた人間だけでなくホトケさんまで尊厳を穢すってぇんですかい! あんたは人間じゃねえ! 人の皮ァ被った悪魔だ!」


 連続で振り下ろされる鎌を避けながら、憲三は吠える。惨たらしく殺したばかりか、死の後に来たる眠りをも妨げ……冒涜の限りを尽くす。


 そんな魔夜の外道さに、怒りが頂点を超えた。すぐにでも殺しに行きたい衝動が芽生える……が、そういうわけにもいかない。


(……出口は早苗サンの向こう側。相手の俊敏性はかなりのもの……こりゃ、上手いこと足下をすり抜けてってのは困難でやすね)


 巨大なカマキリのような姿に改造された早苗は、想像も出来ないほどの素早さで憲三に攻撃を加えている。そう易々と突破することは出来ないだろう。それに……。


「見捨てては行けねえ。早苗サン、あんたにもう一度……二度と妨げられねえ眠りを与えてからここを出る!」


「ウ、アア……?」


 憲三には、変わり果てた早苗を放置していくことは出来なかった。前世で救えなかった彼女を、今度は永劫の死を以てその魂を救うため。戦うことを決めたのだ。


『ハッ、おかしなことを言うわね。このアバズレにあんたが出来ることは無様に殺されてやることだけよ、憲三!』


「生憎、あっしはそういうわけにはいきやせんでね。命が二つありゃあ、一つは早苗サンに罪滅ぼしのためにくれてやれたんですがねぇ」


「グアアッ!」


 出口へと向かわず、早苗を見上げる憲三を魔夜が煽る。だが、すでにユウへ己が命を捧げた憲三に今更そんな揺さぶりなど効果はない。


「……ただ一つのあっしの命は、すでに坊ちゃんのモンだ。ここでくれてやるわけにゃあいかんでやすよ!」


 最小限の動作で行われたサイドステップで振り下ろされた鎌を避け、カウンターの蹴りを叩き込む。脚が鎌に触れた直後、衝撃によってつま先に仕込まれていた刃が飛び出す。


 蹴りそのものの遠心力、そしてヒット時の衝撃。そこに飛び出した刃が加わり、あらゆるものを蹴り裂く必殺の一撃が放たれた。のだが……。


「! こいつぁ硬ぇ……っと!」


『ホホホホホ! バカね、このアストラルM改をそう簡単に傷付けられるとでも思った? 無理よ、お前なんかにはかすり傷一つ付けられないわ!』


「ハッ、そんな大口叩くと後で恥かくことになりやすぜ? 一撃で無理なら……」


「ウ、オ?」


「壊れるまでやりゃあいいだけだ!」


 反転攻勢に出た憲三は、早苗のボディ各所へ蹴りを仕掛ける。もっとも脆い部分を見つけ出し、それを集中攻撃する。そうして、ダメージを蓄積していく作戦なのだ。


『そんなサルでも出来るようなこと、素直にさせるとでも? やりなさい、武装解放よ!』


「ウ、グゥ……タス、ケテ……」


「! 早苗サ……うおっ!?」


 が、そう簡単にやらせるほど魔夜は甘くはない。彼女の合図によって、背中の羽根が広げられる。直後、羽根が擦り合わされ超音波が放たれた。


「う、ぐぅ! 頭が割れそうに痛ぇ……! こいつを……がはっ!」


『ホホホホ! ざまあみなさい、憲三。私に逆らう者は、こうやっていたぶり尽くされて死ぬのよ!』


 超音波によって足止めされた次の瞬間、間髪入れずに鎌による薙ぎ払いが憲三を襲う。直撃を食らい、吹き飛ばされてしまった。


 そんな彼をあざ笑う声が響くなか、うずくまる憲三の頭の中で先ほど聞こえた早苗の悲痛な訴えがリフレインする。


(助けて。このクソみてえな音波を出させられる前に、早苗サンは確かにそう言った。こんなあっしに、救いを求めて……)


 超音波に晒される憲三の脳裏に、前世の記憶が流れる。かつての早苗は、魔夜の主治医であり……そして、憲三たち北条財閥傘下の反社会勢力の治療も請け負っていた。


 表に出られない存在ゆえに、身内である財閥所属の医師たちに頼る他なかったのだ。


『はい、治療はこれで終わり。数日は安静にしていてくださいね、抜糸するまでは絶対に、ですよ。分かりましたね、憲三さん?』


『いやあ、毎度毎度手間ァかけてすいやせんね早苗サン』


『本当ですよ。月に二回も手術する羽目になるような無茶、いい加減やめたらどうなんですか? そのうち本当に死にますよ』


『いやあ、あっしは暴れ回るくらいしか能が無いもんでね。辞めたらもう死ぬしかないんでさぁ』


 下っ端の頃から、敵対勢力への鉄砲玉としてコキ使われてきた憲三。傷を負うのは当たり前、抗争で死にかけることもザラ。


 そんな彼をことあるごとに治療してきたのが、生前の早苗だった。そんな大恩ある彼女だからこそ、憲三は救いたかった。


「……早苗サン。あっしは、あんたを……守り抜けなかった。追っ手に捕まって、惨い死に方をしたって聞かされた時は……本当に悔しかっ……ぐふっ!」


「アグアアア!!」


 立ち上がろうとする憲三を、再び鎌が襲う。再度床を転がりながらも、憲三は不屈の精神で立ち上がる。早苗の苦しみを、終わらせるために。


「だからあっしは! もうあんたに苦しい思いはさせねえ! ……介錯してやるのが、今のあっしに出来る……たった一つの償いだ」


「ウ、ア……ケン、ゾ……」


『ブツブツうるさいわね、いい加減飽きてきたし……もう死になさい! バラバラになって無様にくたばるがいいわ! やれ、アストラルM改!』


 頭が割れそうに痛むなか、憲三は力を振り絞り鎌を避ける。そのまま早苗の股下をスライディングし、背後に回り込んだ。


『なにっ!?』


「うるせえ音を立てる羽根ァ……こうしてやらぁ!」


「アギィィィィアァァァァ!!!」


 そして、魔力を纏わせたドスを手に跳躍し羽根を切り落とした。苦痛に悶える早苗の背中にドスを突き立て、それを掴む。軽い身のこなしでドスの上に乗り、そこからさらに跳躍する。


『くっ、ちょこまかと! アストラルM改、さっさと叩き落とし』


「悪ぃが、もうふざけたケンカは仕舞いの時間だ。……早苗サン。あっしは……」


 大きく跳び上がり、早苗の頭の上へと舞う憲三。自分を見上げる、苦痛に歪んだ早苗の顔を見ながら彼は心の中で呟く。『あんたのことが好きだった』と。


【モータルエンド】


「忍法! 円月唐竹斬りの術!」


『チィッ、防ぎなさいアストラ』


「彼女の名はそんなふざけたモンじゃねえ! 水上早苗……それが彼女の! 名前だァァァァァァ!!!」


「ギィ……アアアアアア!!!」


 魔夜の叫びを掻き消し、雄叫びをあげながら憲三は鋭いオーバーヘッドキックを放つ。全身全霊の力を込めた蹴りは、早苗の身体を容易く両断し……今度こそ、覚めることの無い永遠の眠りへと誘った。


「ケン、ゾウ……アリ、ガ……ト……」


「……ゆっくり眠りなせぇ。いつの日か、あっしもそっちに行きやすから」


『くっ……本当に使えないわね! まあいい、まだこっちにも切れるカードはある。このままで済むと思わないことね、憲三!』


 左右に両断された早苗が崩れ落ち、最期に感謝の言葉を述べて息絶えた。穏やかな死に顔がチリとなり消えていくのを、憲三は静かに見送る。


 一方、憲三の始末にしくじった魔夜は捨て台詞を残し沈黙した。黙祷を捧げた後、憲三は出口へと歩を進める。因縁を断ち切り、戦いを終わらせるために。


「魔夜。こんな真似したこと……後悔させてやりまさぁ。指一本じゃあ済まねえ、全部エンコ詰めさせてやる……!」


 そう誓いながら。

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― 新着の感想 ―
人の皮を被った悪魔か…… ああそうだな、人の心を持たず、ここまで残酷になれるのならな……
いや〜実に惜しい乁˘o˘ㄏ 元々転生チートで無限復活を標準装備してるから魂から消滅させるしか対処法が無いのが実に惜しい所だ(◡ω◡) 只死んじゃって魂の霊園の行けば闇寧神の女将、直々の極刑でザマァ…
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