112話─魔夜の潜む地
翌日……パラディオンギルドの手により、ついに機密書類にかけられた呪いが完全に解かれた。ギルドの呼び出しを受け、書類を受け取りに行ったユウたち。
書類には、レオン発案の魔夜によるユウの遠隔弱体化作戦についての概要。そして、魔夜をどの基地にて作戦に従事させるかについて記されていた。
「基地の場所は……都市国家ガンドラズルをさらに東に超えたリーヴェディア王国ね。うーん……ちょっと困ったわね、これは」
『シャロさん、もしかしてなにか問題があるんですか?』
「ええ、でもこれに関してはよそ者の私よりチェルシーの方が説明に適してるわね。ってことで説明よろしく」
「おう、任せろ。で、話しておくとよ。アタシらのいるフェダーン帝国と、東にあるリーヴェディア王国は昔っからとんでもなく仲が悪いんだ」
魔夜が潜むリンカーナイツ基地は、遙か東方にある王国にあるらしい。明らかになった情報に、三人娘が揃って困り顔をするのを見たユウが問いかける。
『そうなんですか?』
「ああ、昔っから領土を奪い合っててよ。そりゃあ血なまぐさい歴史があんのさ。二つの国の間にガンドラズルが出来たのも、パラディオンギルドって第三者が両国の争乱を抑え込むためでもあんだよ」
『……ということは、もしかしてボクたちリーヴェディア王国に入れない可能性が?』
「高い、っつーかまず無理だな。あっちの国の王が歴代でもトップクラスに帝国を嫌ってるからな。わざわざ専用の認識魔法開発してフェダーン人が国境を越えられねえように嫌がらせしてんだぜ」
「そいつあひでぇ話でやすね。ま……地球も余所のこたぁ言えやせんが」
現在ユウたちが暮らしているフェダーン帝国と、目的地があるリーヴェディア王国の仲がかなり険悪なのだとチェルシーは語る。入国出来なければ、魔夜を倒せない。
こうなるだろうことを想定し、魔夜をリーヴェディア基地に配備したのだと悟りユウは腹立たしくなる。が、怒ったところで事態が好転するわけもなく。
『困りましたね……パラディオンギルドに頼んで、仲介して入国出来るようにしてもらうとかは出来ないんです?』
「あー、それも無理デスね。あっちの国、フェダーンと違ってパラディオンギルドにあんまり協力的じゃナイんデスよ。ガンドラズルのせいで帝国に侵攻出来ないカラ、ギルドのいろんな要請をガン無視してるイヤーな国デス」
『ええ……。それじゃあ、もうどうしようもないじゃないですか!』
「いや、解決する方法はあるぜ。一時的になっちまえばいいんだよ、リーヴェディア人にな」
八方ふさがりな状況にユウが頭を抱えるなか、チェルシーがそんなことを言い出す。首を傾げるユウと憲三に、得意気に説明を行う。
「あの国の商人ども、目敏く商売のタネを見つけたのさ。リーヴェディア王国住民証をこっそり売って、帝国の人間が入国出来るように計らってんのよ。高値をふっかけてな」
「あくどい商売でやすねえ。まあ、敵国たあいえオマンマのタネになるんならなんでも売る商魂たくましさは嫌いじゃありやせんがね」
『ボクたちも商人さんから住民証を買って王国に入ろう、ってことですか? ……バレたら確実に捕まるやつですよね、これ』
チェルシーの提案を受け、ユウは少しためらう。国籍の密売など、バレれば死罪待ったなしの大罪だ。あまりにもリスクが大きすぎる行為ゆえ、あまり取りたくはない。
「っても、これくらいしか今は方法がねえ。懐が痛むのはシャクだし、危ねえ橋を渡ることになるが……やるしかねえだろ? あのクソ女をぶっ潰すためにもよ」
『ええ、気乗りし……!? フン、くだらぬ。そのような手を使わずとも、我の力を使えば事は簡単に済む』
チェルシーの説得を受け、しぶしぶながら案を受け入れようとした……その時。突如ヴィトラがユウを押し込め、表に出てきた。
「何か策でもあるデスか? 聞くだけ聞いてやるからありがたく思うデスマ……ふごっ!」
『偉そうなガラクタめ、少し黙っていろ。なに、簡単なことだ。我の中には、アブソリュート・ジェムの力の残滓がある。それを使えばいいだけのことだ』
「アブソリュート・ジェム!? それこそリスキーじゃない、暴走したら大変なことになるわよ!」
『ハッ、暴走するほどの力など残っておらぬわ。ほんの僅かに、貴様ら下等種の認識を歪める程度のことしか出来ぬ。所詮、我はカケラゆえにな』
生意気を言うブリギットを尻尾の一撃でダウンさせつつ、ヴィトラは自信の案を口にする。それを聞いたシャーロットは、即座に止めにかかった。
アブソリュート・ジェム。それは、世界が誕生した際に生まれた、特異点の力の結晶たる七つの宝石の総称。かつて終焉の者フィニスは、この宝石の力を用いていくつもの世界を破壊して回っていたのだ。
『我の中には、現実を改変する力を持つ【境界のオニキス】とあらゆるものを生み出す【創造のエメラルド】……そして【破壊のアメジスト】の三つのジェムの力が残っている。それを使えば……分かるであろう?』
「要するに、あっしらを王国の人間だと誤認させようってわけですかい。それなら、確かに危ねえ橋を渡る必要はありやせんが……」
「私たちの生殺与奪の権をお前に握らせることになる……それは見過ごせないわね」
『案ずるな、一時的にこの力を小僧に貸してやる。そうすれば、我が出張らずともよかろう? 我自身、貴様らのために長時間ジェムの力を使ってやるつもりもないしな』
「うわ、すげー偉そうだぞこいつ」
超絶上から目線の物言いにイラッとしつつも、これ以外に法を犯さず王国入りする方法も無いためヴィトラの力を借りることに。これでひとまず問題解決、だが……。
「……一つ聞かせてくれるかしら? 魔魂片ヴィトラ。残滓とはいえ、アブソリュート・ジェムの力を使えるなら……それで簡単にユウくんの身体を奪えるはず。何故そうしない?」
『フン、簡単な話だ。弱りに弱ったジェムの力では強大な魂の力に勝てぬというだけのこと。特に、我をも封じ込める規格外の魂の輝きを持つこやつにはな』
オリジナルに及ばないとはいえ、アブソリュート・ジェムの力を使えばユウなど一捻り出来るはず。そんなシャーロットの指摘に、ヴィトラは淡々とそう答えた。
その言葉が真か、それともその場凌ぎの嘘でしかないのか。見極めることはそう簡単なことではないがゆえに、シャーロットは思案した後息を吐く。
「そう。……その言葉、今は信用してあげる。でも、もしそれが嘘だと分かったら容赦はしないわ。ユウくんを守るためにも、お父様に頼んでお前を消し去るからそのつもりでいなさい」
『フッ、こんな虜囚の状態でそんなつまらぬ戯れ言をほざくとでも? まあいい、精々警戒し続けるがいいさ。そうして心労が祟ってハゲてしまえばいい』
「……こいつホントーに性格悪いデス。レディにハゲろなんて普通言わねーデスよ」
『クククク、我はフィニスのカケラ。どんな悪態でもついてくれ……』
『ふあああ!! ふう、ようやく主導権を取り戻せました。不意打ちで来られたらたまったものじゃないですよ、もう』
凄むシャーロットに軽口を返し、おちょくるヴィトラ。さらに軽口を続けようとしたその時、ユウに肉体の主導権を奪還され心の深層に押し込められた。
「おかえりデス、ゆーゆー。オネーサンが慰めてあげまショウ、さあ胸に飛び込むデス! カムヒア!」
「はいはい、そんなことしてる暇があったら旅の支度をしましょうね。明日には出るわ、マジンランナーを使ってもリーヴェディア王国までは遠いんだから!」
「あーん、ゆーゆー抱っこしたいデェェェェス!!!」
ユウを慰めるという名目で抱き着かせようとしたブリギットだったが、あえなくシャーロットによって奥の部屋へ引きずられていった。
そんな彼女を苦笑いしながら見送り、ユウたちもまたそれぞれの部屋に戻る。北条魔夜との決戦の日に備え、旅立つ支度をするために。
『……ボクは負けませんよ。必ず、自分の運命に決着をつけてやります!』
そう決意を固めるユウは、まだ知らない。遠い東方の地で、魔夜が人倫に反する下劣な作戦の準備をしていることを。




