111話─目覚めの時、来たる
「……なるほど。とりあえず、私たちがいない間に起きたことは全部把握したわ。それにしても、まあ驚いたわね。あの魔魂片がこっちに協力するだなんて」
「へえ、あっしも驚いてまさあ。信用しちまっていいのか、未だに悩んでやしてね。ま、悪さする気配は見えねえんで特に問題は起きていやせんが……」
リンカーナイツの基地を潰し、秘匿されていた情報を見つけ出した翌日。ようやく帰ってきたシャーロットたちに、憲三はこれまでの出来事を話して聞かせる。
新たなるマガジンを得たユウの躍進、魔夜が操るアストラルMとの戦い。そして、魔魂片ヴィトラの復活。本来ならば、最悪の事態なのだが……。
『今のところ、ボクの心の奥深くでジッとしててくれてます。ただ、相手がいつ心変わりするか分からないので気は抜けませんが』
「そうデスね、油断はしない方がいいと思うデスマス。ところで、あのゴキブ……魔夜とかいう【ピー】の居場所は分かったデスか? いつカチ込んでもいいようにチューンアップしてきたデスよ」
「ブリギット、ユウくんの前で下品な言葉遣いをするのはやめなさい。まあ、私もあの女に思うところは山ほどあるけど」
『今、持って帰ってきた機密情報書類をパラディオンギルドで解呪してもらってるんですよ。情報漏洩を防ぐために、リンカーナイツ以外の者が読むと死ぬ呪いがかけられていたので』
「用意周到なこった、そういうとこだけは頭が回りやがる。でもよ、それが終わればいよいよ……ってわけだろ?」
ヴィトラの話題もそこそこに、続いて魔夜討伐についての話が始まる。お茶請けのせんべいをバリバリ食べながら尋ねるブリギットをシャーロットが諫めるなか、ユウが現在の状況を伝えた。
『ええ、ヴィトラが探してきた情報なのでどこまで信用出来るかは……うっ!?』
『フン、無礼な小僧だ。我を疑うというのなら、魔法で解呪中の書類を燃やしてやってもいいのだぞ? クククク』
「ゲ、出てきやがった! おいコラてめぇ、ユウをどうしやがった!」
「そうでさあ、事と次第によっちゃあ……タダじゃあ済みやせんぜ?」
『案ずるな、我の代わりに深層へ落としてやっただけ。我に不満を漏らしたことへの仕置きだ』
アパートのリビングで話をしているなか、ユウの言葉が気に食わなかったらしくヴィトラが表に出てくる。いきり立つチェルシーや憲三を相手に、涼しい顔でそう言ってのけた。
「ムウ……。中身がゆーゆーでないとはイエ、こういう表情をしてるのも……悪くないデスね」
「落ち着け、そいつヴィトラだぞ。ときめいてる場合かっつうの」
「デモデモ、ゆーゆーにああいうクールな表情で見下ろされるのは悪くないと思うのデスよ」
「……まあ、そうね。悪くないわ」
『……うるさい連中だ。我が静寂を破られるのは気に食わん、帰らせてもらおう』
「何しに来たんだよこいつ……」
勝手に現れたヴィトラは、これまた勝手な理由でユウの心の深層へと帰っていった。あまりにも自由過ぎる振る舞いに、チェルシーは呆れてしまっている。
そんな彼女をよそに、シャーロットとブリギットは戻ってきたユウにクールな表情をしてくれるように頼んでいる。決戦が近付くなかでの、彼女らなりのリラックス法なのだ。
「まあ、今は解析待ちってことなら……ユウ、手合わせしようぜ? 決戦に備えて少しでも力をつけておいた方がいいだろ?」
『はい、望むところです! 絶対に勝たないといけませんから、とことんやって実力をつけますよ!』
「へへへ、いい心がけだな。そっちの二人とおっさんはどうするよ?」
「もちろん、あっしも参加さしていただきやす。坊ちゃんのお役に立てるように……ね」
「もちろん、私とブリギットも参加するわ。今の時間なら、ギルドの演習場を借りられるはずだし行ってみましょ」
未だ治療中のミサキを除き、仲間が全員集まった。魔夜との決戦に向け、少しでも実力を伸ばさねばならない。決意を固め、ユウたちは出かけていった。
◇─────────────────────◇
「バイタル安定、魂の強度も回復……安定期に入ってきました」
「この分なら、もうそろそろ意識が戻るでしょう。とはいえ、まだまだ安定期に入ったばかり……不測の事態に備えておかなければ」
時同じくして、アゼルが治める大地……ギール=セレンドラクにて。魂に傷を負った者たちを治療する施設の一室に、ミサキと治癒師たちがいた。
魔夜のチート能力により、魂にダメージを負った彼女はここで治療を受けていた。……なだが、未だ深い眠りから覚めず意識は闇の中に沈んでいる。
(……キ。ミサキ……起きろ、目を覚ますのだ。お主は再び立ち上がらねばならぬ。友を救うために)
(う……。この、声は……? 一体、誰なんだい……?)
闇の底をたゆたうミサキの意識に、何者かが語りかける。曖昧な精神状態から少し覚醒したミサキは、声の主に問う。少しの沈黙の後に、答えが返ってきた。
(それがしの名はオボロ、お主の遠い先祖なり。……うむ、この話し方は疲れるな。もうやめだ、普通にいこう)
(え!? ご、ご先祖様!?)
聞こえてきた声の主。その正体は、ミサキの遠い祖先にしてフィルとアンネローゼの仲間……オボロだった。まさかの正体に、ミサキの意識が一気に覚める。
(それがしは今、冥府の女神ムーテューラ殿の力を借りてお主に語りかけている。子孫の一大事とあらば、放っておくことは出来ぬのでな)
(ご先祖様……ありがとうございます。不甲斐ない私なんかのために……)
(不甲斐ない? 何を言う、お主は守りたいと強く願った者のために戦い……そうして倒れたのだ。恥じることなどない、が。)
(……が?)
漆黒の闇の中、響く先祖の声。言葉の続きを待つ彼女に、オボロは告げる。恥じるのであれば、一刻も早く目を覚ますべきだと。
(こうして闇の中をたゆたっていても、事態が好転しないのはお主が一番よく分かっているはずだろう?)
(……はい。ですが……分からないのです。どうやって目覚めればいいのか。早く目を覚まして、ユウくんを助けないといけないのに!)
魂に負った傷は、順調に回復してきてはいる。だが、肉体の負傷と魂の負傷は同じようでいて決定的に違う。そう簡単に昏睡から覚めることが難しいのだ。
(私は……こんなにも、弱い。ユウくんを守るために立ち向かったのに、結局は彼の目の前で敗れ……この始末。おまけに目覚める方法も分からないなど、不甲斐なさすぎて……)
(だが、その少年を守りたいという気持ちには変わりはない。そうであろう? ならば心を昂ぶらせよ、そして強く願うのだ! そうすれば、お主は必ずよみがえる! 何度倒れ伏してもなお首をもたげる竜のように!)
弱音を吐くミサキを、オボロがそう諭す。彼の言葉で、ミサキは思い出した。魔夜と戦った時に心から溢れ出した、ユウを守りたいという強い想い。
その想いは、倒れた今も変わっていない。その想いがあるのなら、きっと目覚めることが出来るはず。そう告げられ、ミサキは闇の中で手を伸ばす自分をイメージする。
(そうだ、私は帰らないといけないんだ。ユウくんを守ると誓った……その約束、破るわけにはいかない! あんな血も涙もない悪鬼なんかに、ユウくんを殺されるわけにはいかないんだ!)
そう強く思った瞬間、ミサキはふわりと浮き上がるような感覚を覚えた。ユウへの想いがトリガーとなり、ついに意識を取り戻そうとしているのだ。
(そうだ、それでいい。忘れるな、我が系譜を継ぐ者よ。人は、愛する者のためならばどこまでも強くなれる。そして、どんな奇跡も起こせる! 心に愛を抱き、守るために刃を振るえ! そうすれば、どんな時でも道は開ける!)
(ご先祖様……ありがとうございます。私は今度こそ、ユウくんを守り抜いてみせます。彼を守る白銀の剣士として!)
オボロの激励を受け、ミサキは闇の中から抜け出した。彼女の変化は、すぐに治癒師たちも気付くこととなる。バイタル計測器の数値が変わったからだ。
「! 先生、反応値が急激に上昇しています! 魂の治癒率も急速に上がって……これは一体!?」
「分からない、だがこれはいい状況だ! すぐに目覚めるだろう、アゼル様に知らせるのだ!」
「はい!」
そんな治癒師たちの声を聞きながら、ミサキはゆっくりとまぶたを開く。見慣れぬ白い天井を見つめながら、おぼろげにユウの名を呟く。
「ユウ……くん。私は……帰って、きたよ」
ヴィトラの心変わり、シャーロットたちの帰還。そして……ミサキの目覚め。魔夜を討つための準備が、少しずつ整いはじめていた。




