103話─暴風の憲三
警報が鳴り響くなか、リンカーナイツの構成員たちが集まり資料室に雪崩れ込む。侵入者を始末せんと、それぞれの得物を握り締めて突撃するが……。
「あれ!? 侵入者もアストラルJもいねえぞ!?」
「壁に穴が開いてやがる! こっから外に出てったのか! すぐに追え!」
すでに資料室には誰もおらず、壁に大穴が開いていた。狭い室内で戦うことを嫌った憲三が壁をブチ破り、そのまま廊下をも破壊してドンドン戦いやすい場所に移動したのだ。
当然アストラルJが追跡したため、構成員たちがたどり着く頃にはもぬけの殻になっていた。壁の穴へ飛び込み、二人を追う構成員たち。
「フン……貴様の身のこなし、そのパワー。なるほど、なかなかのものはある。だが、なかなか止まり。俺に勝つことはない」
「ほう、言ってくれやすね。……一ついいことを教えてあげやしょ。あっしはこう見えても風魔党の末裔……つまりはあんたさんと同じ忍びってわけだ」
「それがなんだと──!? なにっ!?」
「っと、防ぎやしたかい。口だけじゃあないってわけだ、あんたさんも」
いくつもの壁をブチ抜いた先、基地の戦闘訓練エリアに入り込んだ憲三たち。ここでなら十分に戦える。そう判断し、対峙する二人。
自分を侮るアストラルJに対し、憲三はそう呟く。その直後──彼の姿は消えた。目を見開くJは僅かな殺気を感知し、咄嗟に腕でうなじをガードする。
アストラルJの背後に一瞬で回り込み、どこからともなく取り出した忍者刀で首を切ろうとした憲三。彼の姿は、その一瞬で虚無僧から変化していた。
アストラルJによく似た、忍び装束へ。唯一違うのは、頬当てに『風』と『魔』の文字が刻まれていること。風魔の末裔が、受け継がれた秘技を放つ時が来たのだ。
「俺の姿を真似たか。フン、くだらぬことをする」
「くだらなくなんてありませんさね。何事もカタから入るのがあっしのいた組の流儀でやしてね。この姿になったんだ、気合いの入りも……違うってものよ!」
「ヌッ、フッ!」
再びアストラルJの前に移動した憲三は、そんなやり取りに後不意討ち気味に懐から取り出した棒手裏剣を四本放つ。今度は攻撃を見切り、Jは手刀で全て叩き落とす。
「不意討ちか、味な真似を。だが、ドクター・ウノに授けられし我が忍術に対抗出来るかな!?」
「ハッ、忍術ったってアニメやら漫画やらでよくあるフィクション特有のやつでしょうや。あっしも神さんのおかげでやれるようになったんだ、全部返して風魔の方が上だと教えてくれましょ」
「やってみるがよい! 忍法、影分身の術!」
「ハッ、そのくらいならあっしにも朝飯前のお茶漬けよぉ! 忍法、影分身の術!」
両手で印を結び、四体の分身を呼び出す。それに対抗し、憲三も四体…と思いきや、現れた分身は一人だけ。術の扱いが未熟だとほくそ笑むJだが、事実は違った。
「フン、一体だけか。なんの脅威にもならぬ、このまま蹂躙してくれ──ガフッ!?」
「ああん? もっとデカい声を出しておくれや。聞こえやせんねぇ、そんなくぐもった声は!」
五人同時に襲いかかるも、憲三の放ったカウンターの正拳突きで返り討ちにされる。残った分身たちは攻撃を続けるが、全て二人の憲三に瞬く間に制圧されてしまう。
「やっと追いついた! 侵入者、覚悟……!?」
「グ、ヌ……なんだ、この異様な強さは!? 同じアストラルボディである以上、スペックは互角なはず! なのに何故数で上回っているのに押されるのだ!?」
「そんなのは決まってまさぁ。あっしとあんたさんじゃねぇ、踏んできた場数ってモンが違うんさ!」
リンカーナイツの構成員たちがちょうど到着し、目にする。分身たちを仕留めていく二人の憲三を。思わずJが叫ぶと、憲三はそんな答えを返す。
前世では、彼はバチバチの武闘派として多くの敵対するヤクザやマフィアに恐れられてきた。風魔の技術にヤクザの胆力が加わり、並ぶ者の無い強さを誇る彼を人々はこう呼んだ。
──『暴風の憲三』と。
「お、わらわらと湧いてきやがった。ヘッ、昔戸田組にカチコミした時のことを思い出しまさぁね。あん時はチャカ持った下っ端どもに」
「お前たち! こいつを仕留めろ! どんな手でも使え、確実に息の根を止めるのだ!」
「は、はいい! 総員、魔法撃てー!」
「ハッ、人の話を遮るたぁ行儀がなってない。うちの組の若いモンならぶん殴ってるとこさあね。忍法、鏡面畳返しの術!」
アストラルJは十数人の構成員たちに指示を出し、魔法による一斉攻撃を行わせる。話を遮られて不機嫌になった憲三は、新たな忍術を使う。
鏡のように輝く畳を出現させ、飛んでくる無数の魔法を跳ね返す。リンカーナイツの構成員たちは、自分の放った魔法で焼かれたり痺れたり凍ったり……と散々な目に。
「うぎゃああ! あ、熱いいい!!」
「あばばば……し、しびれ……」
「……!!!!!」
「クッ、役立たずどもめ! やはり俺が直接仕留めるしかあるまい!」
「来やんせ。風魔の体術……その身体で味わい尽くすといいでがしょ!」
生身の存在では役に立たないと、再び自ら憲三に挑むアストラルJ。構成員たちがもだえ転げるなか、二人の激しい格闘戦が始まる。
「ヌン!」
「ハッ、いいパンチだ。でも、あっしにゃあ当たらねえ!」
「グッ! このっ!」
最初は互角に組み付いていたが、やがて憲三が優位に立ちはじめる。このままではまずいと、Jはクナイを出現させ相手の心臓目掛けて突きを放つ。
が、忍者刀で防がれそのまま武器を用いた剣戟に移行する。斬、突、打。時に蹴りや頭突きを交え、二人の戦いは激化していく。
(なんだ、この変幻自在の動きは! 俺のモーションセンサー・アイですら予測が出来ぬなど……。まるで、幻影を相手にしているような……)
(なかやか粘りやすね、いいところまでは追い込めちゃあいるんだが……あと一押しが足りねえ。新手が来る前に決着をつけてえが……)
相手の回し蹴りを避けながら、アストラルJは驚愕する。憲三の持つ底知れぬ強さに。対する憲三は、敵のクナイを弾きつつ思考する。どうやって決着まで持って行くかを。
(そうだ、このボディには神さん連中のお仲間……魔神だったか、その人らに後付けしてもらった機能が二つあるんでしたっけね。ならそいつを)
「隙有り! トドメ……貰った!」
「むうっ!」
思案に気を取られ、一瞬注意が疎かになった。その隙を見逃さず、アストラルJは神速の突きを放つ。逃れられぬ一撃が憲三の胸を貫いた。
「ハハハ! これで俺の……なっ!?」
「忍法、変わり身の術。これもフィクションじゃあ鉄板でやすね、まさか自分でやれる日が来るたぁ……ちょいと感動しまさぁ」
「バカな、いつの間に!?」
……はずだった。だが、実際にアストラルJが貫いたのはリンカーナイツの構成員。憲三が素早く自分の側でのたうち回っていた構成員と位置を入れ替え、攻撃から逃れたのだ。
「咄嗟の判断力と行動力。忍びにもヤクザにも必要な技能でさぁね」
「クッ、猪口才な真似をし」
「さて、そろそろ終わりにしやしょ。でもその前に……あんたさんにゃあエンコ詰めてもらいやしょ。あっしの邪魔をしてくれたんでねぇ!」
「な……ぐあああ!」
再びトドメを刺さんとするアストラルJだったが、もう彼のターンはやってこない。素早く懐に潜り込んだ憲三によって、クナイを持つ右手の小指を切り落とされる。
忍者刀の煌めきが、Jの見た最期の光景。次の瞬間、彼の耳に憲三のボディから響くキカイ音声が届く。彼らアストラルにとって、滅びを告げる声が。
【モータルエンド】
「!? バカな、何故貴様がそれを」
「知りたきゃ、あの世で神さんに会って聞きゃあいい! 奥義、風穿突刃!」
「ぐ、ガハッ! あり得ぬ、この俺が……敗れる、など……」
憲三の魂をアストラルKのボディに移植する前に、魔神ファクトリーの者たちによってすでに搭載されていた。リンカーナイツを滅ぼす二つの切り札。
レボリューションブラッドとモータルエンド。魂を滅するトリガーとなる機能を。その力を乗せた忍者刀の一撃が、アストラルJの胸を貫き……悪しき忍びは、その機能を停止した。
「さて、まずは一人……もう面倒でやすね、残りの連中も皆潰しておくとしやしょ。その方が……」
【レボリューションブラッド】
「後で坊ちゃんたちが助かるでしょうしね」
「ひ、ひいいい!!」
無慈悲にそう口にし、憲三は満身創痍な構成員たちを次々に始末していく。それから二時間ほどで、増援を含めた全ての構成員たちを始末していくのだった。




