98話─揺さぶられるユウ
二時間後、ブリギットの要請を受けてやって来たリリンとその部下たちによってミサキが運び出された。彼女はしばらく、ギール=セレンドラクにて治療に専念することに。
ユウとシャーロットの二人が代表して、帰りがけのリリンをもてなす。少しの間、三人でいろいろと話をすることになった。
『あの、どうかミサキさんのこと……お願いします』
「案ずるな、魂の医療は我々に任せてくれれば全て解決する。とはいえ、今回は少し長くなりそうだ。定期的に経過報告をするから、あまり気を揉まないようにな」
『はい、ありがとうございます。リリンさん』
「助かったわ、私からもお礼を言わせて。今度そちらにお礼の品を贈らせてもらうわ」
「そうか、では一等いい肉でも貰おうか。アゼルにもっといいものを食べさせてあげたいからな」
念のため、移送する前にリリンも軽くミサキの容態をチェックし……その結果、魂の消滅にまでは至らないことが判明した。だが、傷が深いのに変わりはない。
魂の修繕が終わるまで絶対安静、どんなに治癒が早くても一ヶ月はかかる。それがリリンの見立てだった。頭を下げるユウに、リリンは別件を告げる。
「ああ、そうだ。君の父君から伝言を預かっている。急で済まないのだが、三日後にメソ=トルキアという大地に向かってほしいとのことだ」
『え? それって……もしかして』
「察しの通り、例の猛々しい盗っ人の案件だよ。そいつの仲間が、メソ=トルキアに向かったことが分かってね。現地の者らと協力して殲滅してほしい、とのことだ」
「その時が来たのね。こんないろいろと大変な時に……」
以前バリアスからも聞かされた、天と地のダイナモドライバーの簒奪事件。その解決にユウたちも加勢してほしいという、リオからの緊急要請。
何故、今このタイミングなのか。そう考えるユウにだけ聞こえるよう、念話を送ってきた。
『君は少し、この大地から離れて心を落ち着ける必要があるとリオは考えている。……辛いだろう? 君も。忌まわしいトラウマと対峙するのは』
『! ……そう、ですね。確かに今は……あの人のこととか、考えたくありません』
『だろう? いい気分転換にもなるし、友人も増えるだろうよ。メソ=トルキアにいる戦士たち……【サモンマスター】がな』
サモンマスター。ユウはその存在を以前、少しだけ聞かされた。パラディオンとは異なる原理を用いて戦う、大地の守護者たち。そのリーダー、キルト・メルシオン。
その少年こそがサモンマスターたちの用いる装具【サモンギア】と【デッキホルダー】を開発した人物であり、自身も強大なサモンマスターだと。リオから聞いたのだ。
『……たぶん、会うことになりますよね。キルトさんやその仲間の方々と。仲良く出来るでしょうか』
『出来るさ、君ならな。……っと、ではそろそろ』
「帰るとしよう。いつまでも厄介になっているわけにはいかないからな。今度はのんびり遊びにでも来るがいい、ネクロ旅団総出で歓迎しよう」
「ええ、ありがとうございますリリンさん。ミサキのこと、くれぐれもよろしくお願いします」
途中で普通の発声に切り替え、挨拶をした後リリンは帰っていった。その後、ユウは仲間を集め先ほどリリンからきかされた話を伝える。
『……というわけで、ボクは一度メソ=トルキアへ行こうと思います。パパからの要請は断れませんしね』
「大丈夫なのか? ユウ。無理しなくていいんだぜ、今はただでさえ大変な時なのに」
『いいんです、チェルシーさん。……正直に言うと、怖いんです。この大地にいると、すぐにでもまたあの人が……ボクを見下しに、あら、現れるんじゃないかって……』
「ユウ……。分かった、気分転換を兼ねて出掛けようぜ。ま、ピクニックってわけにゃいかねえけどよ。ワルモンぶっ飛ばしてリフレッシュだ!」
「デスデス、それが一番……あ、そうナルと留守番は誰が」
「それなら、あっしにお任せくだせぇ。姐さんたちはぼっちゃんの側にいてあげておくんなせ。その間、あっしが全力であの女の調査をしておきやすから」
二度と会うはずのない存在……魔夜が現れてしまった。その事実がユウの心に暗い影を落とし、精神を不安定にさせはじめていた。少年の気持ちを汲み、シャーロットたちはリオの要請に応えることにした。
不在の間の留守は憲三が守ってくれることに決まり、そちらの不安はない。話し合いが終わった後、シャーロットはユウに銀貨を数枚渡す。
『? あの、シャロさん? これは?』
「ええ。ユウくん、あんまり時間もないからこちらのケンゾウさんと親睦を深めてきたらいいかもと思ってね。ニムテの町を案内してあげたらどうかしら? これから一緒に戦う仲間になるんだもの」
「いや、あっしにそんな気遣いは……」
『いえいえ、そういうことなら行きましょうよ。まずないでしょうが、すぐにまたあの人が来たら、ケンゾウさんが守ってくれるでしょうし。ね?』
「……かしこまりやした。ならシャーロットの姐さんに甘えさせていただきやす」
流石にこの短時間で再襲撃はないだろうと考え、ユウと憲三が親睦を深める時間を作ったシャーロット。その親切心は本当だが、別の思惑もあり……。
「……出掛けたわね。さて、二人とも。メソ=トルキアに行く前に一つ、ユウくんに関する注意事項があるの。聞いてくれる?」
「お、なんだ? 聞かせてくれよ」
「ええ、例のサモンマスターの一団の中に……よりによってあのエヴァンジェリン・コートライネンがいるって噂を聞いたのよ」
「うーわ……ソレは不味いデス。ヒッジョーによくないデスよそれは。トラブルの気配マックスデスマス」
リビングに残ったチェルシーとブリギットに、懸念事項について伝えるシャーロット。ブリギットが露骨に嫌そうな顔をするなか、一人話を飲み込めていないチェルシーが首を傾げる。
「なあ、そいつがいると不味いのかよ?」
「とんでもなく不味いわ。なにせ、エヴァンジェリンは序列第六位の魔戒王、グラキシオス陛下のご息女だもの」
「あー、それは確かに……」
「それだけじゃないわ、エヴァンジェリンはとんでもない傍若無人な乱暴者なの。それも、同族……闇の眷属が大嫌いなことで悪名高い危険人物なのよ」
「……おい、なんかすげぇ雲行き怪しくなってきたぞ」
チェルシーが眉をひそめるなか、シャーロットはエヴァンジェリンについて語る。彼女がどんな人物なのか。ユウにとってどれだけ危険な存在になり得るのかを。
「今はどうか知らないけど、昔は凄く手の付けられない暴れん坊だったのよ。魔導学園で五十年くらい留年して、それはもう好き放題やってたって」
「なんでそんなのがサモンマスターやってんだよ。危なすぎるだろ」
「マア、確かに本人はとんでもねーヤベー奴デスマス。でも、たった一人エヴァ公を制御出来る存在がアレの家族以外にもいるデス。サモンマスターのリーダー、キルキルデス」
同格、格下の存在はもちろんのこと例え格が上の相手でもケンカを売ってくるなら容赦なくブチのめす。ケンカを売ってこなくても、醜く媚びへつらうようなら叩きのめす。
そんなバイオレンスにまみれた危険人物が何故サモンマスターをしているのか。チェルシーのもっともな疑問に、ブリギットが答える。
「エヴァ公はキルキルベタ惚れしてるってのは、魔神たちの間ジャー有名な話デス。みんな他人の恋愛ウォッチングするの大好きなもんで、よくそんなことを聞きマス」
「昔よりだいぶ丸くなったとは聞くけど、油断は禁物よ。今のナーバスになってるユウくんとの接触の仕方次第じゃ……確実にトラウマを刺激するわよ、エヴァンジェリン」
「そいつは確かに不味いな……。よし、アタシらでユウを守らなきゃな。そのエヴァなんたらがユウを泣かしたらとっちめてやる。ボコボコのズタボロだ」
「デスデス、ゆーゆーを傷付け泣かせる奴は敵デスマス。ワタシのトマホークの錆にしてやるデス」
「それは言い過ぎだけど……まあ、もしやらかしたらその時は……ねぇ? うふふふふ」
ユウを心配するあまり、熱暴走しはじめるシャーロットたち。そんな彼女たちは、まだ知らない。遠い異邦の地に赴いたユウが……懸念通り、トラブルに巻き込まれてしまうことを。
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「ドクター・ウノ。報告は聞いた、一体何が起きたのだ?」
「アヒャヒャヒャ! どうもこうもねぇ、レオン。アストラルを一体奪われちゃったのさぁ、いやあ予想外だよ。カミサマが介入してくるなんてねぇ! いい経験になったよ!」
その頃、リンカーナイツのラボではちょっとしたイザコザが起きていた。アストラルKの寝返りを知ったレオンが、制作者である宇野を問い詰めていたのだ。
「なに? 神どもが?」
「そうさ! でももう心配はいらないよぉレオン! 同じ手は二度! この宇野狂介には通じないのさぁ! 例え相手がカミサマホトケサマサタンサマだろうが! もうアストラルの乗っ取りなんて出来ないよう対策しておいたよぉ!」
「……いいだろう、ひとまずはお前の言葉を信じる。俺たちトップナイトは今、フィービリアとの会合で忙しい。あまりこちらの手を煩わせるなよ、ドクター」
「アヒャヒャヒャ! 問題ないさぁ、奪われたアストラルKの処分用にJとLを向かわせたからねぇ!」
忌まわしき存在の参入により、運命の歯車は加速していく。ユウに今、大いなる試練の時が訪れていた。




