11.いざ対面!
大きく口を開けて笑うと、アデルはひらりと応接室を出て行った。レギオンはその背をうっとりと見つめる。
途端に静かになった応接室で、リードはやれやれと溜息をついた。アデル一人でも十分に騒がしい屋敷だったが、これからはレギオンの所為で倍になりそうだ。
ややあって、着替えたアデルがノーラと共に部屋に戻ってきた。
ドレスは若草色の地に細かな刺繍の施してある娘らしいもので、銀の長い髪は結い上げ帽子を片手に掴んでいる。
「お待たせ!」
「ちっとも待ってないですよ」
レギオンがにこやかに答えると、アデルはふふっと笑った。
「どうしました?」
「サミュエルはいつも女の支度は長いって怒ってたから、やっぱり違うなぁ、と思って」
「あんな男のことを思い出さないでください」
ムッとしてレギオンがアデルの鼻をつまむ。また際限なくじゃれ合う気配がして、リードは慌てて二人を馬車に乗せた。
「くれぐれも、お気をつけて!」
無理矢理送り出された二人は、馬車の中で笑い合う。
リードは残りの仕事を任せたので屋敷に居残り、ノーラだけが付き添ってくれるのだ。
「今の内に、説明を聞いておいた方がいいのかしら」
「いえ……俺がアデルに会いに行ったことが、ハノーヴァ侯爵家からフォーブス男爵に報せがいったので今回の呼び出しだと思うんです。あちらで男爵に話すので、一緒に聞いてもらえばいいかと」
「そう? というか、ハノーヴァ侯爵も関係しているのね……ううん、ややこしそう」
アデルが眉を寄せると、レギオンは首を横に振った。
「俺がアデルを愛していて、あなたと一緒にいたいからその為に頑張った、ってことだけ分かっていてください」
「……あなたって、本当に私のことが好きね」
真剣な表情のレギオンに、アデルがちょっと頬を赤くして言った。
こんな風に男性からストレートに愛情を向けられることが初めてなので、アデルは対応に困る。
困るが、嬉しい。
「はい。愛しています」
「……うん。私も好きだよ」
一途に向けられる愛情は、眩しいぐらいだった。
フォーブス男爵は、娘としてアデルを確かに愛してくれているが、商人としての考え方と貴族としての考え方をバランスよく有している食えない人だ。
サミュエルとの政略結婚も貴族として受け入れ、商人としてメリットがあると踏んで正式な契約書を交わしていた。
そもそもアデルには兄と姉がいて、兄は貴族の令嬢と結婚しているし姉は他国の大商人と婚約中。アデルの父親は、爵位を賜る前から政略結婚を推奨していた。
それは、商会を更に大きく発展させて安定させる為に必要なことだとアデルも心得ていた。
サミュエルとの婚約破棄はフォーブス男爵も契約破棄を怒っていたが、ならばレギオンとの婚約はどう考えるのだろうか。
アデルは今はただの商人ではなく「フォーブス男爵令嬢」として、父親である男爵に結婚の許しをもらわなければならない身だ。
一度目のレギオンの裏路地でのプロポーズは、サミュエルとリーシェへの復讐の為の手段だったし、正式なものではなかったので男爵の許可は求めていなかった。
だが二度目のプロポーズは正式なもので、これからアデルは本当にレギオンと結婚しようとしている。
そうなると、避けて通れないのが男爵からの許可、だった。
「もとより、求婚の許可をもらうのは俺の役目です。あなたはただ、俺を愛していてくれさえすればそれだけで……」
言いながら、さすがにレギオンの耳が赤くなる。
さきほどまで恥ずかしいぐらい真っ直ぐに愛情を表現してくれていたのに、以前と変わらない可愛い「うちの子」の面にアデルは嬉しくなった。
勿論、立派な紳士に成長したレギオンは素敵だと思う。そんな彼の一面も愛しているけれど、やっぱりアデルが恋しく思ったのは、この子なのだ。
「うん。じゃあ、レギオンのことを信じて、任せる」
「はい!」
ぱっ、と輝くような笑顔を浮かべた男を、アデルは愛しく思うのだった。
ほどなくして、馬車はフォーブス男爵邸へと到着する。
フォーブス男爵邸は、かつて栄華を誇り時代と共に没落した為売りに出されていた高位貴族の邸宅を買い取ったものだ。
そうでもしないとこの王都で歴史ある建物を手に入れることは不可能だが、だからといって何の躊躇もなく曰くつきの物件を買い取る恐れ知らずは稀だ。
そんな経緯もあって、「フォーブス男爵」は色んな意味で有名だった。
通された応接室には、既にフォーブス男爵が待っていた。
「久しぶりだな、アデル。レギオン様、わざわざお越しいただき恐縮です」
にこりと笑う表情はいかにも外向きのもので、アデルはカチンとくる。
フォーブス男爵はアデルと同じ銀の髪に青い瞳を持ち、背が高く体格も労働者のようにがっしりとしている。
今でこそ大商会の会頭であり男爵位を賜っているが、若い頃は商会の中で部下達と一緒に荷運びでもなんでもやっていた人だ。
そろそろ五十歳になろうという年だが、客商売なので身なりに気を遣っている所為か今も精力的に働いている所為か、男爵は年よりもずっと若く見える。
「いいえ。俺も、アデルを交えて男爵ときちんと話をしておきたかったので」
挨拶を交わし、おのおのソファに座った。
勿論アデルとレギオンは並んで座り、一人掛けのソファに座った男爵はそれを面白そうにニヤニヤと笑って見ている。
アデルはまたムッとする。先程から父の態度はレギオンに対して失礼だ。
まさか父がそんな愚かな考えだとは思いたくないが、もしもレギオンが「あのゲトウェル伯爵」の息子だから、とそんな態度を取っているのならばアデルには怒る用意があった。
「それで、単刀直入にお訊ねしますが、求婚の返事はどうだったんですか?」
「!?」
いかにもフォーブス男爵らしい直截な物言いにアデルは驚く。
挨拶の時はアデルを呼び出してレギオンは付き添いのように扱っていたというのに、男爵はレギオンと話す為にこの席を設けたかのような口ぶりだ。
眉を顰めてアデルがレギオンの様子を窺うと、彼はアデルの手をぎゅっと握ってくる。しかし、視線は真っ直ぐにフォーブス男爵へと注がれていた。
「……承諾してもらえました」
レギオンの声はひどく緊張していて、アデルまでハラハラとしてしまう。
応接室には、シンとした空気が満ちた。




