✤12
リゼットが好きなのは、果物全般だ。生のもの、干したもの、甘く煮たもの、料理のアクセントに加えられたもの、どんなふうに加工されていてもいい。
苦手なものは最近知ったワインと、臭みの強い獣肉。
正直に伝えると、ロジーナはそれをコックに伝えてくれたのか、晩餐には出なかった。しかし、ロジーナと同席を許されているのがまずおかしい。けれど、使用人たちは何も言わない。こんなことは珍しくもないのだろうか。
ロジーナは優雅な食べ方で、正面にいると思わず見惚れてしまってリゼットの手が止まる。あんなふうにワインを飲めたら素敵だと思うけれど、あの時の色んな意味で苦い味が忘れられない。それらが蘇りそうだから、多分もうワインは飲まない。
「どう? 美味しい?」
少しアルコールが入ったせいか、陽気な笑顔のロジーナに、リゼットも微かに笑った。
「ええ、とても」
肉は臭みがなく、柔らかくて甘みさえ感じられる。オレンジ色のソースがまた絶妙に合っていた。多分、牛肉なのだが、どの部位を使ってどのように調理するとこうなるのかがわからない。
美味しい。
それは間違いなくリゼットか今感じていることだった。
何もかもが絶望に塗り込められ、食べ物の味もしなかったロッセル家の食事とは違う。
デザートにはダークチェリーがたっぷりと添えられたチョコレートケーキだった。ほろ苦さと甘さが絶妙で、ひと口食べては感動で身を震わせた。言葉の少ないリゼットだけれど、その喜びはロジーナに伝わったようだ。
「気に入ってもらえたみたいでよかったわ」
クスクス、と上品な笑い声が聞こえる。食べている時は、アダンのことも足枷のことも、メロディたちのこともすべて忘れていられた。
「ねえ、リゼット。兄様を待っていてもいつになるかわからないし、先に寝てしまいましょう」
ロジーナはそんなことを言うけれど、いいのだろうか。ジスランはまだ仕事をしているのだ。それもアダンのような卑劣漢とやり取りをするだけで疲れるだろう。それを先に休ませてもらうなんて、そんなことでいいのか。
「でも、申し訳ありませんし」
「兄様の性格上、起きて待たれている方が驚いてしまうの。だから気にせず休みましょう」
なるほど。よくよく考えて見ると、赤の他人が自分の帰りを家の中で深夜まで待ち構えていたら、疲れているところに余計に疲れさせるだけかもしれない。
ここは素直に従うことにした。
湯浴みをしたいと思ったものの、足枷が邪魔だ。これは湯につけたら錆びるのだろうか。錆びてボロボロになればいいけれど、下手に鍵穴の部分だけが錆びついて鍵が回らなくなったら怖い。
「湯浴みは……明日にする?」
ロジーナも察してくれたのか、そう提案してくれた。リゼットはうなずく。
「はい」
「じゃあ、お湯を運ばせるわね。あと、寝間着も。手伝いは要る?」
「いえ、自分でできます。本当に何から何まですみません」
食堂を出て廊下を歩きながらリゼットは何度も頭を下げた。
用意されたネグリジェはもしかするとロジーナのものだろうか。シルクのリボンが胸元についている。
部屋は広さでいうと、リゼットが働いていた町長の屋敷の部屋よりは狭いかもしれない。敷地が限られているタウンハウスなのだから、客間としてはこんなものだろう。
けれど、調度品の趣味はよく、心地よい空間だった。
リゼットは体を拭き、着替えると、カーテンを少し開けて外の景色を眺めた。夜になっても街灯が数多く、星の数ほど煌めいている。田舎は夜になれば本気で暗いだけなので、こういうところが違うなとぼんやり考えた。
メロディたちはロッセル家で起こったことを知っただろうか。町長も縁続きではあるのだ。そのうちに何かしらの事情聴取に呼ばれるだろう。アダンたちが行ってきた悪事のいくつかに、もしかして町長が絡んでいることもなくはない。もし、メロディたち使用人もその煽りを受けて離散していたら――。
していないといい。変わらずに働いていてほしい。
そうでなければ探し出せない。探し出して、リゼットがどんな目に遭ったのかを伝えられない。
人の心を踏みにじったのだから、相応の報いは受けてほしい。そしてそれは、天罰という形ではなく、なんらかの手段でリゼットが関わっていたい。
グルグルと薄暗い考えに支配される。
――余計に疲れるだけだから、もう寝よう。
深々と息を吐くと、リゼットはあたたかく柔らかなベッドに潜り、上質のシーツに包まれて眠った。
明日の朝にはこの足の縛めも取れたなら、リゼットは今後のことを考えなければならない。
今まで以上の苦労が待ち受けているかもしれないけれど、アダンの妻になってしまうところだったと思えばはるかにマシだから、そう思ったらきっと乗り越えられるはずだ。
今後に備えて、今はゆっくりと眠ろう。




