89 斎藤正次
加木屋正次視点です。
大殿=森可成、殿=傳兵衛です。
美濃国可児郡久々利村 森可隆家臣 加木屋久蔵正次
殿に仕えるようになって、二年程になるか。
父の仇を討つことを誓い過ごしてきたが、こんなにも早く機会が巡ってくるとは思いもしなかった。
まさか、元烏峰城の城主の子である某が、今の烏峰城(金山と名は変わりはしたが)の城主の子である殿の元で、仇討ちの機会を得る事となろうとは…
烏峰城の城主であった父は、配下であった土岐悪五郎に酒宴で騙し討ちに遭い殺された。
まだ、幼かった某は家臣に助けられ、尾張国知多郡加木屋村へと逃げのび、ひたすら父の仇を討つことのみを考え生きてきた。
一昨年の末頃、我が家を訪ねて来た堀権之助殿の誘いを受け、森三左衛門様の当時まだ元服前であった御嫡男の傳兵衛様へ仕官した。
美濃を攻める織田家の家臣ならば、仇を討つ機会もあるかもしれないという思いだった。
大殿が烏峰城に入られた時には、いよいよかと期待もしたが、悪五郎は織田家に降った為、討つことが出来なくなってしまった。
そのような折、殿より内々の話があると呼び出された。
そこには、殿と客人であった本多弥八郎殿の二人だけが居られた。
「来たか久蔵、まずお主に謝らねばならぬな。御父上の仇を討たせてやろうと召し抱えたのだがな」
やはり、某の事を知った上での誘いであったか。
いったいどこでお知りになられたのやら。
「仕方なき事に御座います」
そう、仕方がない。
二年でここまで迫れたのだ、まだ機会はあろう。
「だが、お主には仇を討たせてやりたいと思う。そこで、弥八郎殿」
うん?
「何で御座いましょう?」
「弥八郎殿には、土岐悪五郎を寝返らせて欲しいのだ」
「寝返らせるとは?」
「恐らくではあるが、まもなく織田の動きを警戒した武田との小競り合いが起ころう。その時、悪五郎に武田への寝返りを唆して頂きたいのだ」
「ほう、武田が…」
二人の話は続くが、某は話の流れについていけない。
何故武田が来るとわかるのだ?
そこまでして某に悪五郎を討たせようと御助力頂けるのか、全く分からぬ。
「久蔵にも働いてもらうぞ」
いつの間にか話は終わっていて、二人に見つめられていた。
悪五郎を討てるのならば構わないか。
黙って頭を下げた。
その三日後、支度を終えた某と弥八郎殿は、森家を辞した。
暫くして、弥八郎殿は土岐悪五郎の家臣として仕官する事となった。
松永霜台殿に仕えていたことも、箔がついて良かったのかもしれん。
某は弥八郎殿の家臣として、久々利城へ潜り込んだ。
弥八郎殿の手助けと、殿への繋ぎが目的だ。
弥八郎殿が優れた策師なのか、元々悪五郎の不満が大きかったのか、策は上手くいったようだ。
武田の侵攻と共に、悪五郎が大殿の背後を狙い、羽崎城の羽崎三郎、大森城の奥村又八郎は留守の金山城を狙う。
そのまま、武田を美濃に引き込む事で武田での領地の安堵と更なる拡大を望むという事だが…
弥八郎殿は足が悪いので、計画通りに久々利城へ残る事となった。
殿が攻めてきた時に、城内に火を放ち門を開けるためだ。
悪五郎の謀叛が確実となった事で、殿から更に加治田親子と可児才蔵が助太刀にやって来た。
そして遂に悪五郎は、大殿の背後を襲うべく出陣する。
某も弥八郎殿の代わりに、悪五郎と共に出るのだが、ここで加治田新助と可児才蔵が、某と共に参ると言い出した。
「我等が、久蔵殿の仇討ちの助力を致そう!」
「久蔵殿が悪五郎を討つまで、誰にも邪魔などさせぬ!」
新助と才蔵は言うが、仇討ちの場で暴れたいのであろう。
「馬鹿を言うな!お主等は殿の命に背く気か!?」
新助の父親である隼人殿は、二人を止めようとしているが、
「構いませぬ。こちらは隼人殿と手の者だけで、なんとかなりましょう」
弥八郎殿は二人の行動を容認するようだ。
「忝ない!感謝致します、弥八郎殿!」
「流石は弥八郎殿!話が分かる!」
新助と才蔵は、意見が通りはしゃいでいる。
「ただし!必ずや仇討ちを助け、久蔵殿を無事に傳兵衛様の元へお連れすると誓って頂く」
「無論に御座る、必ずや仇討ちを為した久蔵殿を殿の元へ、無事お連れ致す!」
「お誓い申す!」
弥八郎殿の言葉に二人は即座に返す。
しかし、某は有り難いが、弥八郎殿と隼人殿の二人で大丈夫であろうか…殿の足を引っ張りたくはないのだが。
悪五郎の軍に加わり、高野口の大殿の軍勢に近づく。
いざ、大殿の軍勢に襲いかかろうとした時、背後から大殿の援軍であろう軍勢に襲われ敗走する。
悪五郎は態勢を立て直すために、一旦久々利城へ戻ろうとするが、土岐川を越えたところまで戻ると、すでに久々利城を落としたのであろう殿の軍勢が立ちはだかる。
ここまで、殿と弥八郎殿の策の通りに進んでいる。
「何処へ行く土岐悪五郎!すでに久々利城は、落とした。そなたに戻る場所などないぞ!」
殿は、そう言うと太刀を掲げる。
「おのれ!十九の小倅めが!」
悪五郎は、その太刀に見覚えがあるのか、城が落ちたことを理解し激昂する。
「父上が十九ならば、それにも劣るお主は十か九か?」
「ほざくな!若造めが!」
「御託はいいから、さっさと掛かってこい八殿」
「おのれ!あの若造の首を十九に送りつけてくれる!あの者の首を討て!」
殿の挑発に乗り突撃を命じる悪五郎に、周りの者も覚悟を決め槍を構え駆け出そうとする。
皆の意識が殿に集中し悪五郎から逸れた瞬間、新助と才蔵が悪五郎の周りにいる者を襲う。
某は驚き振り返った悪五郎の腹に槍を突き刺した。
「なっ!」
突然の事に驚く悪五郎に語りかける。
「久しいな、悪五郎!漸く父の仇をとれる!」
「父の仇だと!?」
「十七年前、貴様に騙し討ちに遭い殺された、斎藤大納言が子、亀若よ!よもや忘れたとは言うまいな!」
「亀若だと!生きておったか…」
悪五郎は驚愕と苦痛に顔が歪んでいる。
「今こそ父の仇、討たせていただく!」
そう言い放つと同時に悪五郎の腹に刺さったままの槍を放し、刀を抜き放ち喉を切り裂く。
倒れた悪五郎の首を取ると、大声で叫ぶ。
「斎藤大納言が子、久蔵正次が、父の仇、土岐悪五郎を討ち取ったり!!」




