74 仙石家
仙石久盛視点です。
美濃国加茂郡黒岩仙石邸 仙石家当主 仙石主水久盛
「主水様!加治田での戦は織田家の勝利に御座います!隼人正様は関城へ退かれた模様!」
家臣の報告に、一色家と織田家どちらにつくかの天秤は、織田家に傾く。
「父上!すぐにも上総介様の元へ向かい、臣従を申し出るべきです!」
子の権兵衛が、織田家への臣従を熱く推してくる。
権兵衛は四男で、昨年まで越前の萩原家へ養子に出していたのだが、子が次々と亡くなった為に急遽呼び戻した。
「…そうだな、この辺りも織田家に囲まれてしまい、隼人正様も退かれたとあっては致し方あるまい」
加治田城まで織田家の支配下にあっては、上総介様に従う他あるまい。
従うと決めたなら早い方がよい。
「なれば、直ぐにでも関城へ兵を出しましょう」
「よかろう。権兵衛、お主が兵を率い上総介様のお力となってこい」
「はっ、必ずや当家の力を示して参ります!」
と、言うや否や、権兵衛は戦支度をする為に急ぎ下がっていった。
「父上…」
権兵衛が下がると、もう一人この場にいた、嫡子となっている新八郎が話しかけてくる。
「織田家への臣従がなれば、家督を権兵衛に譲り、儂は隠居する。新八郎、すまぬがお主は廃嫡とする」
「はっ」
唇を噛み瞼を閉じて頭を下げる新八郎を不憫に思うが、家の為に耐えてもらわねばならぬ。
「殿。織田家家臣、森傳兵衛と申される方がお越しになられております」
新八郎の事を思っていると、家臣の呼ぶ声に我に返る。
「お通しせよ。おそらく臣従の話であろうが、なかなかに早いお越しだ」
「森傳兵衛殿といえば、三左殿の嫡男でありましょうか」
今まで悔しさを噛み締めていた新八郎が、森傳兵衛の名に反応する。
三左殿の嫡男といえば、今年元服したばかりで、新八郎や権兵衛と同じ歳だとか、新八郎が言っておったか。
確か、今川との戦にて、齢九つにして石橋式部大輔の首を上げ、服部左京進を捕らえる大功を成したなどと、新八郎が騒いでおったな。
「御初に御目にかかる。某、織田家家臣森三左衛門が嫡男、傳兵衛と申す」
成る程、背が新八郎や権兵衛よりも頭一つ半程高く、立派な体つきをしておる。
「仙石主水に御座る。これにあるは、嫡男の権兵衛と、その兄の新八郎に御座る」
権兵衛も呼び出し、傳兵衛殿と対面させる。
権兵衛が嫡男と言った所で傳兵衛殿の体がピクリと動く。
権兵衛も驚いた顔を見せる。
「此度は織田家への臣従を勧めに参ったのだが、どうやら必要はなかったようで」
傳兵衛殿は、苦笑気味に話を切り出される。
まあ、戦支度の最中に訪れたのだ、丸分かりであろうな。
このような兵力で、織田家への備えと勘違いする様な事もなかろう。
「これより権兵衛に関城へ向かわせ、上総介様へ御助力申し上げるところに御座った」
「流石は、主水殿。素早き決断、誠に心強い。某からも父に、城を訪ねるよりも早くに援軍を出しておられたと伝えましょう」
ほう、まだ援軍が出ておらぬにもかかわらず、自らの手柄にはせぬか。
儂の思いが顔に出ていたのか、
「美濃を得て織田家は益々大きくなりましょう。頼もしき味方は一人でも多くあった方が、上総介様も喜ばれましょう」
と、言葉を続けられる。
目先の利でなく、もっと大きな利を求めるという事か?
まあ、こちらに損はない。
新八郎の廃嫡の細かい理由ってなんだろう?




