71 右近右衛門を守れ!
「右近右衛門殿!」
次郎右衛門の叫び声が聞こえ、その視線を追うと、右近右衛門殿の正面に弓を構えた老齢の男がいた。
間に合わない!何故正面の敵に気付かないんだ!
馬を走らせ腕を精一杯伸ばし、射線を遮る様に右近右衛門殿の心臓の前に槍を差し込む。
矢が鎧を貫き、落馬して討ち死にという話もあったので、一か八かその話を信じて鎧に守られている場所以外は無視し、心臓守り一択に賭ける。
相手が大島光義ほどの名人なら 、おそらく外さないので、槍に当たるかもしれない。
普通の弓兵なら、狙いが正確ではないので失敗かな?
肩や腹なら諦めよう。
果たして槍先に重い衝撃が来た。
どうやら心臓直撃コースは防いだようだが、逸らした矢に当たらないでね!
敵を見ると既に矢を番えている。
狙いは…俺かな。
槍を手放し、鐙から足を外して馬を盾にする形で素直に足から落ちて受け身をとる。
伏せたまま敵の方を見るが、既にいなくなっていた。
矢を射ずに逃げたようだ、素早い…
「傳兵衛様!」
次郎右衛門たちが慌てて駆け寄ってくる。
「大事ない!それより右近右衛門殿はご無事か?」
そちらを振り向くと、どうやら無事なようだ。
矢は後ろに弾くことが出来たようだ。
「傳兵衛殿、ご無事か?」
右近右衛門殿が声をかけてくる。
「自ら飛び降りましたので、大したことは御座いませぬ。右近右衛門殿こそ、お怪我は御座いませぬか?」
「傳兵衛殿のお陰で、かすり傷ひとつござらん。誠に感謝の言葉も御座らん」
どうやら目的は果たせたようだな。
ここまでやって、討ち死になんかされたら堪らんからな。
「御無事で何より、右近右衛門殿に何かあれば一大事に御座る」
と、お互いの無事を確かめ一息吐こうとするが、新たに敵の一団がやって来る。
「傳兵衛殿、とりあえず一旦下がりましょう」
せやね、もう仕事したから帰ろうぜと、右近右衛門殿に同意しようとしたその時、「死ね!」という声と共に一人の兵が右近右衛門殿に斬りかかろうとしていた。
皆が新たな敵を注視していて完全に虚を突かれてしまった。
おい!折角助けたのに死んだりされたら洒落にならんだろうが!
槍を手放したままなので、咄嗟に腰に佩いた刀を敵の顔面目掛けて投げつける。
「防げ!!」
と、大声で叫ぶとようやく皆が動き出す。
本多三弥左衛門が敵を槍で叩き伏せると、皆が一斉にその体に槍を突き立てる。
「右近右衛門様!御無事に御座いますか!!」
後方からやって来た味方の一団から武者が数人急ぎ飛び出してくる。
「讃岐か、大事ない。それより、前方の敵を防げ!」
「はっ!傳兵衛様、右近右衛門様をお救い頂き感謝に堪えません。右近右衛門様、傳兵衛様、某が刻を稼ぎます故、一旦お退き下され」
と言うと、讃岐と呼ばれた男は、敵兵へと突撃して行った。
「殿!今の内に」
まあ、そうだな。今の内に、さっさと撤退しよう。
稲田次郎兵衛が拾ってくれた槍を受け取りながら、引き上げを指示する。
と、その前に、投げた刀も回収しないと。
将来、加藤清正を仕官させる為のエサだからな。
咄嗟の事に思わず投げつけてしまったが、時間稼ぎにはなったようだな。
「三弥左衛門、ようやった」
兵に止めを刺した三弥左衛門を褒めておいて刀を探すと、兵の口の中から頬を突き破って刺さっていた。
怖っ!!
「流石は殿、お見事な腕前に御座いますな。先日の堂洞城で、岸孫四郎殿の刀に礫を当てた時も驚きましたが…」
安食弥太郎が投擲の腕を褒めてくれるが、ホンマに偶然やで!
ってか、俺が孫四郎殿の刀に石をぶつけたんじゃなくて、孫四郎殿が飛んできた石を斬り払ったんやで!
記憶改竄しとるがな!




