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討ち死になんて勘弁な  作者: 悠夜
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 68 岸新右衛門

岸新右衛門(岸信周の甥、岸信貞の子)視点です

 美濃国加茂郡蜂屋堂洞城  岸家家臣 岸新右衛門


「父上!伯父上が自刃なさいました…」


 織田の軍勢と戦っている父の元へ知らせを届ける。

 伯父上は子の孫四郎殿が討ち死にしたのを知り、最早これまでと伯母上が『先立つも暫し残るも同じ道、此の世の隙をあけぼのの空』と辞世の歌を詠み、伯父上が『待て暫し敵の波風きり払い倶にいたらん極楽の岸』と詠み返した後、互いに刺し違えて果てた。


「そうか…」


 と、父の口から短い言葉が漏れる。

 分かってはいたが、いよいよ覚悟を決めねばならぬか。

 孫四郎殿の弟達の行方は知れない。

 逃げ延びたか、降伏したか。


 暫くすると、織田の軍勢が本丸目掛けて攻め込んでくる。


「三郎兵衛殿、一色殿の援軍も来ず、もはや戦の趨勢(すうせい)(くつがえ)しがたい。岸家は充分に忠義を果たされた」


「だが、我らは長井隼人正殿よりこの城を任された身。降伏などできぬ」


 (くだん)の傳兵衛殿が父を説得しようと声をかけられる。

 だが、父は断り続ける。


「勘解由殿は、道三入道より感状を頂くほどの勇士。上総介様も重く用いられましょう」


 と、伯父上の事を持ち出すが、すでに黄泉路へと旅立っておられる。


「残念だが、兄は先程自害致した。孫四郎も討ち取られてしまい申した」


「なれば尚の事、御降(おくだ)り頂きたい。岸家の者が残って()るのと居らぬのでは、孫四郎殿の御子(おこ)の立場も変わりましょう」


 確かに孫四郎殿の子が生きてさえおれば、家を盛り返す事も出来るやもしれぬが…それを言われると未練が出てくる。


「城は本丸にまで攻め入られ、嫡男は討ち死に当主も自死なされた。長井隼人殿への義理は充分以上に果たされたでしょう。この上は、御家の事をお考え下され」


 しかし傳兵衛は何故ここまで我等に「生きよ」と申されるのか。

 最早この状況では、我等の首を取った方が己の武功にもなろうに…

 昨日も対峙する孫四郎様の御子を救おうとされるし、今また我等の命を救おうとなさる。


「傳兵衛殿…我等は降伏致す。当家の事、上総介様に何卒(なにとぞ)御取成(おとりな)し頂きたい」



 その後、城を明け渡し、父上は上総介様の所へ向かわれた。

 翌日、加治田城より戻った父上に皆が呼び出され、沙汰(さた)を聞かされる。

 堂洞城は廃城となったが、岸家は七歳となる孫四郎様の長男が、孫四郎の名を継ぎ当主となり、存続を許された。

 父上は、上総介様の馬廻となり、当主の後見人として小牧山城へと入る。

 某を除いて他の一族も小牧山へと向かう。


 父上が後見人として岸家を乗っ取るのを警戒して、某は外へと出される事となった。

 誰も父上が御家乗っ取りを(くわだ)てるとは思ってはいないだろうが、父上が念には念を入れた事と、大恩ある森家へ某を仕えさせたいのだろう。

 出来るならば某も、森家の傳兵衛殿に御仕えし、御恩をお返ししたいものだ。

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