67 岸三郎兵衛
岸三郎兵衛信貞(岸信周の弟)視点です
美濃国加茂郡蜂屋堂洞城 岸家家臣 岸三郎兵衛信貞
戦の前日、金森五郎八長近殿が使者としてやって来たと兄上に呼び出された。
降伏を勧めにやってきたのであろう。
奥に入ると、五郎八殿と若武者が前に出、残りのお付きの者が控えている。
こちらは、兄の勘解由に義姉、嫡男の孫四郎に何故か孫四郎の子まで居る。
「勘解由殿、孫四郎殿、三郎兵衛殿、お久しぶりに御座る」
五郎八殿の挨拶の後、立派な体躯をした若武者が挨拶する。
「お初に御目にかかります。森三左衛門が嫡男、傳兵衛と申します」
ほう、森傳兵衛殿か。
兄から幾度も文を送ってくると聞いている。
しかも、殆どは他愛もない時候の挨拶や兄の武功の話ばかりで、織田への臣従を迫ったものは二度ほどしかなかったと、困惑しておったな。
「五郎八殿、お久しゅう御座る。傳兵衛殿も、幾度も文を頂戴し忝ない」
兄も挨拶を返すと、五郎八殿がさっそく本題に入る。
「上総介様は、勘解由殿の勇名を惜しみ、是非とも家臣に加えたいとお考えに御座る。降っては頂けぬか?」
五郎八殿の説得に、兄は首を振る。
兄も甥の孫四郎も忠義に厚い。
決して一色家を裏切る事などなかろう。
「上総介殿に別段恨みは御座らぬが、某を信じて、この城を任せて頂いた長井隼人様を裏切る事はできぬ」
であろうな、兄ならばそう答えるであろう。
「過日、道三入道が主家の土岐氏と対した際、勘解由殿は、もはや土岐氏に美濃を治める力なしと、道三入道に合力なされました。今、右兵衛大夫殿に美濃を治める力がありましょうや?」
傳兵衛殿はそう言うが、当家は長井家に従ってきただけで、土岐家に仕えた訳ではない。
右兵衛大夫様に美濃を治める力があるかという問いには、返す言葉もないが…
「土岐家を捨て、斎藤家…一色家に味方したからこそ、その責は負わねばなるまい。我が家は、主家と共に滅びる所存」
やはり兄の決意は変わらぬな。
「孫四郎、お主も覚悟は出来ておろうな?」
兄は溜息をつくと、孫四郎に問う。
「無論!某の覚悟を御覧に入れよう」
と、孫四郎は自分の子を側に招き寄せると、刀を抜き放つ。
そうか、自ら子を斬るか…
多少憐れみを感じるが、武家に生まれたのだ、覚悟は出来ていよう。
孫四郎が刀を振り下ろそうと構えたその時、孫四郎の眼前に何かが飛んで来た為、思わずその刀で防いだようだ。
跳ね返って床に落ちている物を見るが、石か…
飛んできた方を見ると、一人だけ片膝をつき右腕を伸ばしている者がいる。
「傳兵衛殿、これは如何なことか!」
孫四郎が激昂するが、どうやら石を投げたのは傳兵衛殿のようだな。
突然の出来事に皆がそちらに釘付けになる中で、唯一人冷静に石を投げ、斬るのを邪魔したのか…
当然、周りが殺気立ち刀に手をかけようとするが、傳兵衛殿は言葉早めに孫四郎に、
「孫四郎殿の御覚悟しかと見届け申した。かくなる上は、明日戦場にて御目にかかりましょう」
と、言い放つ。
次いで兄に向き直り話しかける。
「ところで、すでにこの堂洞城は、我等に囲まれております。その子を弔う事も出来ますまい。亡骸をこのままにするのは、あまりに不憫にて、某が然るべき所にて弔いたいと思いますが、如何か?」
自分で助けておきながら、弔うとは…
そうか!この子を城外へと連れ出してくれるということか!
じっと兄と傳兵衛殿が睨み合っていると、
「傳兵衛殿の御厚意、有難く頂戴致す」
と、兄の方が折れた。
「他に弔う者があらば、手間は変わらぬ故、お引き受け致します」
と、傳兵衛殿は慈悲を示して下さるが、流石に厚かましかろう。
「いや、お気持ちだけ有り難く」
兄もそう思ったのか断りを入れる。
しかし、傳兵衛殿は本当に何とか我等を救おうとしてくれているのだろう。
有難いし、申し訳ない。
しかし、諦めたのだろう、傳兵衛殿と五郎八殿が頷き、話し合いは終わりを告げる。
「では、また明日御目にかかります」
そうか、明日は傳兵衛殿も戦に出るか。
一同皆、屋敷を出て行く傳兵衛殿の背に、頭を下げる。
「父上!栄がおりません!乳母が連れ去ったようです!」
夜になると、そう言って息子の新右衛門が急ぎ知らせに来た。
「そうか、放っておけ」
「よろしいのですか!」
「運が良ければ助かる事もあろう」
誰にも見つからねば、或いは傳兵衛殿に見つかれば、生き延びる事も出来よう。
しかし、参ったな。明日の戦は儂が森家の軍を、受け持たざるを得んな。
兄や孫四郎では、戦い辛かろう。




