63 岸勘解由
戦の前日、殿の命令で岸勘解由信周殿と面識のあるらしい金森五郎八長近殿と、以前より調略の手紙を送っていた俺が、降伏を勧めるために堂洞城へと向かう。
え~、敵地に行くの怖いんですが~。
しょうがない、鳥居四郎左衛門に安食弥太郎、兼松又四郎、ウチの武闘派の三人をつれて行こう。
戦闘以外出来ない三人が正確だが…俺と五郎八殿を死ぬ気で守ってね。
俺も念のため、投げやすい石くらい隠し持っておくか。
使うような場面があったら、どうしょうかな…
奥に通されると、城主の岸勘解由殿、嫡男の孫四郎信房殿、勘解由殿の弟である三郎兵衛信貞殿。
それに、勘解由殿の奥方に子供が一人。
って、子供がおる!
もう、首を刎ねる気満々やん!
史実では、降伏勧告にきた金森五郎八殿に覚悟を示すため、岸孫四郎殿が自分の嫡男の首を刎ねるという話があるが、最初からヤる気やな…可哀想に…
「勘解由殿、孫四郎殿、三郎兵衛殿、お久しぶりに御座る」
「御初に御目にかかります。森三左衛門が嫡男、傳兵衛と申します」
五郎八殿が三人に挨拶し、続いて俺も挨拶をする。
「五郎八殿、御久しゅう御座る。傳兵衛殿も、幾度も文を頂戴し忝ない」
勘解由殿も挨拶を返してくる。
勘解由殿に会うのは初めてだが、初めて手紙を出してから丸四年程になるか。
以来、ちょくちょく手紙を出している。
ほとんどが季節の挨拶で、たまに忘れた頃に勧誘するくらいの軽~い手紙だ。
内容のない挨拶だけの手紙なので、ほとんどの人は返事が来なかったり、送るなと言ってきたりしたが、中には勘解由殿の様にやり取りの続く人もいる。
「上総介様は、勘解由殿の勇名を惜しみ、是非とも家臣に加えたいとお考えに御座る。降っては頂けぬか?」
五郎八殿の説得に、勘解由殿は首を振る。
「上総介殿に別段恨みは御座らぬが、某を信じて、この城を任せて頂いた長井隼人様を裏切る事はできぬ」
やっぱり駄目ですか~。
まあ、折角来たのだから、俺も参加しないとな~。
無駄だろうけど…
「過日、道三入道が主家の土岐氏と対した際、勘解由殿は、もはや土岐氏に美濃を治める力なしと、道三入道に合力なされました。今、右兵衛大夫殿に美濃を治める力がありましょうや?」
土岐家を裏切って斎藤家に付いたんなら、今回も裏切って織田家に付いてくれや。
「土岐家を捨て、斎藤家…一色家に味方したからこそ、その責は負わねばなるまい。我が家は、主家と共に滅びる所存」
一つ溜息をつくと、嫡男の孫四郎殿に、
「孫四郎、お主も覚悟は出来ておろうな?」
と、問いかける。
やっぱり降伏は無理だったか。
仕方ないなと、袖に隠していた石を握る。
当たれば儲けもの…
「無論!某の覚悟を御覧に入れよう」
と、孫四郎殿は自分の子を側に招き寄せると、刀を抜き放つ。
その時、握っていた石を孫四郎殿の眼前に向けて投げる。
孫四郎殿は、いきなり目の前に何かが飛んで来たので、振り下ろそうとしていた刀を止め、石を斬り払う。
「傳兵衛殿、これは如何なことか!」
当然、周りが殺気立つ。
こえ~よ~。
「孫四郎殿の御覚悟しかと見届け申した。かくなる上は、明日戦場にて御目にかかりましょう」
と、孫四郎殿に向けて早口で言葉を投げると、次いで勘解由殿に向けて話しかける。
「ところで、すでにこの堂洞城は、我等に囲まれております。その子を弔う事も出来ますまい。亡骸をこのままにするのは、あまりに不憫にて、某が然るべき所にて弔いたいと思いますが、如何か?」
殺されそうになった孫を、すでに殺された遺体だと言い張って、こちらで弔いますと言ってみる。
じっと勘解由殿と睨み合っていると、
「傳兵衛殿の御厚意、有難く頂戴致す」
と、向こうが折れた。
「他に弔う者があらば、手間は変わらぬ故、お引き受け致します」
と、さらに助けようとしてみる。
「いや、お気持ちだけ有り難く」
ダメか~、ここまでかなと、隣の五郎八殿を見ると、静かに頷かれる。
「では、我等はこれにて失礼致す」
「では、また明日御目にかかります」
勘解由殿らに別れの言葉を言い、弥太郎に孫四郎殿の子を任せて、屋敷を出る。
その際、その子の乳母を呼び、こっそり他の子を城の裏手にある姥ヶ洞へ逃がすよう言付けを頼んでおく。
逸話に、娘を乳母が逃がすのに姥ヶ洞に身を隠したとあるので、そこなら安全なのではないかな?
戻ってきた乳母を連れ、堂洞城を出る。
明日は戦か~。




