540 このまま埋もれ朽ち果てるよりは…
安富盛定視点です。
讃岐国寒川郡志度村志度城 安富筑前守盛定
「最早此処までか」
「今ならばまだ命の保証は致すと」
既に寒川家に降伏した六車左衛門大夫(朝満)が共に一人連れてが城へやって来て、儂にも降る様に説得する。
儂を説き伏せる様に命じられたのであろうが、左衛門大夫は心から儂の身を案じておるのが感じ取れる。
「しかし、ここで降伏したとて再起の芽はあるまい 。なれば最期まで意地を通す事を考えるべきではないか?」
「岫雲殿も必ずや殿を助けてくれましょう!」
生き延びたとて丹波守(寒川元隣)は儂を許すまいし、岫雲(篠原長房)殿も儂を重用する事はあるまい。
家を残せぬとなれば、せめて名を残さねば。
「殿、命さえあれば、何時の日にか再興も叶いましょう。どうか降伏を!」
儂が乗り気ではない事が分かったのであろう左衛門大夫が、真剣に降伏を勧めてくれるが、先の事を考えれば降伏する気にはなれぬ。
「やはり、筑前守は降伏する気はない様に御座いますな」
それまで黙って左衛門大夫の後ろに控えていた者が口を開く。
「いや、暫し御待ちを!必ずや説き伏せます故!」
左衛門大夫の家臣かと思いきや、どうやら其の者の方が立場が上の様だ。
恐らくは左衛門大夫が降伏した相手、森家の者であろうか。
「いや、筑前守の腹は決まっておろう」
「うむ」
その者の言葉に頷くが、果たして何者であろうか。
「失礼。某は播磨国小寺家家臣、小寺官兵衛と申す」
小寺だと!
あの赤松家の重臣のか!
「確か兵部少輔殿は赤松家の…」
「左様。兵部少輔殿は左京大夫(赤松義祐)様の御息女を娶られておられる。故に某も兵部少輔殿の為に微力を尽くしておる」
赤松家の助力もあったか…
しかし、その赤松家が、今更この儂に何用か?
「それで官兵衛殿は何故此方へ?」
「うむ。筑前守の覚悟は見事なれど、些か勿体無い。筑前守、播磨国へ来られぬか?」
播磨国へ?
「儂に赤松家へ仕えよと申されるか?」
しかし、今更歴史ある赤松家へ仕えたとて、大した出世は見込めぬ。
寧ろ飼い殺されて終わるのではいか?
「否。筑前守の力を借りたいのは赤松家ではなく、浦上家に御座る」
「浦上家?」
「左様。只今浦上家は播磨国の宗家と備前国の分家に別れて争っておる。儂と兵部少輔殿は宗家の久松丸殿の後見をしておるのだが、残念な事に力の差は歴然。そこで筑前守には浦上宗家に仕え、久松丸殿を支えてもらいたいのだ」
そう来たか!
確かに浦上家と安富家は昵懇の仲。
当家から浦上家へ養子に入った者もおる。
「どうだ?浦上家へ仕えてくれるのならば、家や所領は保証致そう」
儂の態度から脈ありと思ったのであろう。
間髪入れずに押してくる。
大きく揺らいでおるのは確かだが…
言うて悪いが播磨国の浦上家は、備前国の分家とは比べるべくもない程の弱小。
だが、弱小故に今後の出世も見込める。
それに赤松家や森家の後ろ楯があると為れば、まったく勝算が無い訳ではない。
出世の見込みのない四国に残るよりは、遥かに家を大きく出来るやもしれぬ。
「流石にまだ小さい家故、大した所領を渡せぬが、お主の才覚であれば如何様にでもなろう」
ふふっ、讃岐国を追われ播磨国で再起か…
このまま埋もれ朽ち果てるよりは…面白い!
不定期気味で申し訳ございません。




