532 どうする?左衛門大夫
一番に飛び出し大将首を狙いに向かったまでは良かったが、結局敵兵に阻まれ露払いするだけになってしまった。
「大将六車左衛門大夫(朝満)は曽我太郎兵衛が捕らえたり!」
残念ながら、左衛門大夫の身柄は太郎兵衛が確保した様だ。
首は取らなかったのね。
俺が左衛門大夫に興味があるような事を言ったから、討ち取らずに捕らえたのかもしれない。
どっちでも良かったんだが、生き残ったんだったら有効活用したいものだ。
ただ、それは戦が終わってからの話。
今は塩ノ木から撤退した安富軍本隊を潰すチャンスなので、正直左衛門大夫なんかに構ってる暇はない。
「官兵衛殿、筑前守(安富盛定)の行方は?」
「筑前守は雨滝城へは戻らず、北の志度城へ向かったとの事に御座います」
「では、雨滝城を見捨てて逃げたと?」
官兵衛の話では、安富盛定は現在ウチに攻撃されている自城の雨滝城へは戻らずに、北の海岸近くにある志度城へと逃げたらしい。
まあ、この近くにある安富家配下の城は平城が多くて守りに適していないしな。
「雨滝城へはその様に伝え、降伏を呼び掛けております」
まあ、別の城へ逃げたんだから、それを利用しない手はないよね。
雨滝城への後詰めが絶望的だと知れば、さっさと降伏してくれるかも?
「となれば雨滝城はそのままにして、塩ノ木におった寒川家と共に志度城へ向かった方が良いか?」
雨滝城は敵が入れない様に囲っておけば放置で良いかも?
「左様ですな」
官兵衛も頷いているので、そっちの方が良いだろう。
「左衛門大夫に筑前守への降伏を呼び掛けさせるのは如何に御座いましょう」
弥八郎が捕らえた六車左衛門大夫に筑前守の説得を任せようと言ってくる。
確かに重臣の六車左衛門大夫が寝返ったとなれば、筑前守の心も折れるかもしれない。
「良かろう。左衛門大夫を呼べ」
でも、忠誠度高そうだけど、やってくれるかな?
弥八郎に連れられて左衛門大夫がやってくる。
「左衛門大夫よ。志度城に篭る安富筑前守に降伏を呼び掛けよ。筑前守を説き伏せたならば、お主の所領は安堵しよう」
戦せずに降伏させられるのなら、コイツの所領くらい安いものだしな。
「主を裏切る事など出来わせぬ。御断り致す」
まあ、忠誠度高いなら、そう言うよね。
「良いのか?戦が始まる前にお主が筑前守を説き伏せねば、安富家は救えぬぞ?三好家からの後詰めは来ぬ。戦が始まれば後詰めのない筑前守は勝てぬ」
流石に城攻めを始めたら、少なくとも筑前守には命で責任を取ってもらう事になるしな。
安富家自体も残す必要もない。
まあ、寒川元隣が家を残したいと言えば別だけど。
「殿!」
俺の言葉に左衛門大夫が迷っていると、家臣の斎藤五郎左衛門(頼元)が待ったを掛ける。
「如何した、五郎左衛門」
「志度城を攻めるのであれば、城近くの田井に土岐家の同族が居りますれば、その者を説いて従わせたく思いまする」
「ほう、近くに土岐家所縁の者が居るとは」
へぇ、讃岐国に土岐家の支流が居るのか。
まあ、手伝ってもらえるなら構わないけど。
「はっ、田井城の中村新左衛門(恒頼)と申します。近隣の者も敵に回ったと知れば筑前守も嘸や気落ち致しましょう。某に御任せいただければ必ずや新左衛門を説き伏せて参ります」
「ふむ、確かに。五郎左衛門は美濃国守護土岐美濃守の子。土岐家所縁の者ならば五郎左衛門の頼みを無下にはすまい」
左衛門大夫に聞かせる様に、五郎左衛門の策に乗り気な風を装う。
「待たれよ!」
よし、釣れたな。
「如何した、左衛門大夫?」
「筑前守の身の安全は保障ていただけようか?」
「筑前守と安富家には此度の戦の責を問う事なろう。だが家の存続と筑前守の命は、この兵部少輔が約束致そう」
何処かに転封でもすれば寒川元隣も文句は言うまい。
まあ、五郎左衛門にも中村新左衛門の調略はさせるんだけどね。




