530 何!それはどういう事だ!
矢野房村視点です。
讃岐国寒川郡鶴羽村 三好家家臣 矢野駿河守房村
「何をしておるのだ!筑前守(安富盛定)は!」
四宮隠岐守が吐き捨てる様に喚く。
はっ!目算が外れた様だが主家に不義理を働いのだ、今は味方とはいえ良い気味よ。
とは言え、この状況は儂にとっても宜しくない。
寒川家の後詰めに来るであろう森兵部少輔の兵を迎え撃つべく讃岐国まで出張ってきたのだが、此れ程までに手子摺る事になろうとは。
強い強いとは聞いてはおったが、此程までか。
流石は本国寺で三好家を退けて名を上げた兵部少輔の兵といったところか。
数では此方が勝っておるはずが、攻めきれておれぬ。
しかし、何時迄も此処に居る訳にもいかぬ。
さっさと片付けて雨滝城へ向かいたいところだが。
「駿河守よ、どうやら兵部少輔は石田城を落とした様だ」
同僚の河村左馬亮(恒基)が新たな知らせを持ってきた。
「石田城だと?!」
幾ら戦上手の兵部少輔とはいえ、一度に複数の城を攻め落とせるとは思えぬが、少ない兵で落としたのか?
「石田の細川七兵衛が兵部少輔方へ寝返ったそうだ。恐らくは前々より結んでおったのであろうな」
であろうな。
でなければ、この短い間に城を落とせはせぬ。
「して、筑前守は如何した?」
筑前守が動けぬのであれば、儂等が向かうしかないが…
「筑前守は、兵を割いて石田城へ向かわせた様だが…」
果たしてそれで兵部少輔が討てるのか…
ここは塩ノ木で被害を被ってでも兵を退き、兵部少輔討伐に全力を注ぐべきではなかったか?
兵部少輔さえ討つ事が出来れば、巻き返す事も容易であろう。
「さて、如何したものか…」
一層の事、四宮隠岐守を囮にして兵を退き、石田城の兵部少輔を狙うか?
「駿河守殿!敵兵が此方へ向かって来ますぞ!あれは四宮家の兵に御座います!」
四宮隠岐守が慌てて敵の突撃を知らせる。
恐らく此処に隠岐守が居る事を知り、討ち取りに来たのだろう。
寝返った隠岐守が許せぬのか、或いは兵部少輔から隠岐守を討ち、身の潔白を示す様に求められたか。
どちらにせよ、兵を退く機を逃したか。
残る兵部少輔の兵も、四宮家に合わせて此方へ向かって突撃してくる。
全く隠岐守のせいで碌な目に合わぬ。
「迎え撃て!」
兎も角、今は目の前の兵部少輔の兵を蹴散らさねばな。
兵部少輔の兵との戦は、徐々に此方が押されていく。
「そろそろ退いた方が良いのではないか?」
左馬亮が戦況を見て、撤退を提言してくる。
兵部少輔の兵の勢いは強いが、四宮家は隠岐守討伐に拘っているので兵の連携に穴がある。
隠岐守を四宮家の兵の前に押し出せば、隠岐守に敵が殺到する間に逃げおおせらる事が出来るか…
「そうだな。しかし、このまま阿波へ戻るのも面白くない。四宮家を盾にして此処を逃れ、石田城に居る兵部少輔を狙うか」
「よし、ではその様に…」
左馬亮と撤退の命を出そうとした時、敵の攻勢が一気に激しくなる。
「ははっ!見つけたぞ!三好家の者だな!その首、置いていけ!」
なんと!もう此処までやって来たのか!
兵を退く気配を察して一気に抜けて来たというのか!
それにしても、あまりに早過ぎる!
「兵部少輔の配下か!」
「左様!森兵部少輔様の家臣、渡辺六左衛門(直綱)なり!嘸、名のある方と御見受け致す!さあ、槍を取られよ!」
くっ、逃げ損なったか!
しかし、相手が一人であれば…左馬亮と隠岐守を見る。
「おい、六左衛門!手柄の独り占めは許さぬぞ!」
しかし、新たに敵将が現れる。
「ちっ!四郎左衛門(鳥居忠広)か。仕方ない、一人は譲ってやる故、邪魔はするなよ!」
六左衛門は四郎左衛門とやらにそう言い放つと、此方へ向き直る。
くそ!切り抜けられるか…
「おい!隠岐守は兎も角、そこの二人は討ち取るなよ!」
覚悟を決めて六左衛門に打ち掛かろうとした時、更に新たな敵が現れる。
「何だと!水を差すか、三弥左衛門(本多正重)!」
「隠岐守は構わぬぞが、三好家の者は捕らえるに済ませよ。その者等が誰と親しいかはしらぬが、下手に討ち取って既に纏まっておる話が流れると厄介だ」
何!それはどういう事だ!話が纏まっておるだと!
三好家の者の中に兵部少輔と通じておる者が居るというのか!




