524 二人の言う通り
岸教明視点です。
讃岐国寒川郡鶴羽村 赤穂森家家臣 岸三之丞教明
森家と寒川家との間で合意が成されてから直ぐ、寒川家と安富家が昼寝城の北にある塩ノ木の地で戦となった。
儂等はその隙を突いて、安富家の居城である雨滝城近くの鶴羽湊より上陸し、陣を築く。
このまま雨滝城を落とせれば良いのだが、流石に森家の兵だけでは城を落とすのは無理であろう。
東にある虎丸城、引田城の寒川家の兵や森家からの更なる後詰めが来れば別だが、森家は兎も角、寒川家にその余裕はなかろう。
「やれやれ、漸く近江より赤穂へ戻ってこれたというに、直ぐに讃岐国へ送られようとはな」
同僚の三弥左衛門(本多正重)が愚痴の様な言葉を吐く。
「お主はまだ良い。儂など信濃国まで行っておったのだぞ。全く、殿は人使いが荒いわ」
四郎左衛門(鳥居忠広)も三弥左衛門の愚痴に続くが、その表情は実に明るい。
「それにしては楽しそうではないか、四郎左衛門」
「おうよ、三弥左衛門。殿は戦の始めの方は儂等に手柄を御譲り下さるが、最後は我慢出来ずに己も戦に加わられ、結局あまり活躍出来ぬ事もある。しかし、此度は殿も居られぬ。存分に手柄を立てられよう」
成る程と、儂も四郎左衛門の言葉に頷く。
「確かに手柄を立てる良い機会だ。それに殿の元服前より仕えて参った者達の中で、最古参の尾張衆は既に要職にある者が殆どだ。ならば次は我等の番であろう?」
古くから殿に仕えている者は、幼少の頃より付き従っておった尾張衆と一向一揆で国を追われた三河衆が大半だ。
尾張衆の大半が要職に就いておる今、次は儂等の番だという思いはあるのだろう。
しかし、三弥左衛門よ。
それを四郎左衛門が申すなら分かるが、お主がそれを言うか?
お主は遅れて仕えたのではなかったか?
確か、美濃攻めの最中に尾張国へやって来たと思うたが…
まあ、儂も森家に仕えたのは兎も角、殿に仕えたのは赤穂へ来てからの事なので黙っておるが…
「まあ、先ずは戦を仕掛けねば話になるまい。先ずは一当て致すか」
既に雨滝城の連中も儂等には気付いている筈だが、塩ノ木で戦う寒川家の為にもある程度は敵の目を引き付けてやらねばな。
「その必要はない。向こうから御出座しだ」
物見に出ていた六左衛門(渡辺直綱)が戻ってくると、敵の接近を告げる。
「やはり敵も儂等の事を気付いておったか」
「うむ。どちらかと申すと儂等が此処へ来る事を知っておった様な動きだがな」
儂の呟きに六左衛門が答える。
だが、やはり弥八郎(本多正信)が危惧しておった通り、三好家に通じておる者がおるか。
「では、官兵衛(小寺孝隆)殿の申された通り、四宮隠岐守か?」
「恐らくは」
四宮隠岐守の内通を疑った弥八郎が小寺家の官兵衛殿に相談したところ、官兵衛殿も隠岐守が三好家に内通するのではと同じ考えに至ったのだとか。
他家の者を頼るのもどうかとは思うが、殿の留守中何かあれば官兵衛殿を頼る様にと言い付かっておるからな。
官兵衛殿は殿の御内室の兄君であるし、多少の役得は認められている。
「殿が居らねば容易いとでも思うたか? 馬鹿にされたものだな」
三弥左衛門が笑みを浮かべるが、目が笑っておらぬ。
「では予定通りと参ろうか」
敵の兵がなくば雨滝城を襲おうと思うておったが、やはり予定通り此処に敵を引き付ける事としよう。
儂の確認に他の三人も頷く。
「だが、隙有らば敵の大将を討ち取ってしまっても構わぬのであろう?」
三弥左衛門の言葉に、四郎左衛門と六左衛門がニヤリと笑みを浮かべる。
成る程、此れが殿が常々仰られておられる脳筋という奴か。
ああはなりなくないものだな。
さて、折角獲物が自らやって来てくれた事だし、儂も手柄を立てて城の一つでもいただくとしようか




