522 森兵部少輔殿に縋ろう
寒川元隣視点です。
讃岐国大内郡与田山村 虎丸城 寒川家当主 寒川丹後守元隣
「岫雲庵(篠原長房)殿が、大内郡四郷を安富筑前守(盛定)に明け渡せと命じて参った」
師走に入った頃、岫雲庵殿より当家の所領から大内郡を召し上げるとの命があった事を皆に伝える。
当然、何と!馬鹿な!との声が皆より上がる。
儂も業腹ではあるが、三好家よりの命には逆らえぬ。
畿内での力を失ったとはいえ、未だ四国では強い力を残している。
逆らえば攻められる。
いや、寧ろ命に背き、攻める口実を得る事を期待しておるのやもしれぬな。
「畿内より追い返され、勢いを取り戻したい三好家は、引田の湊を得たいのでありましょうな」
引田に所領を持つ四宮右近(光武)が唸りながら答える。
引田は瀬戸内の要所であり、屈強な水軍が居る事から、何がなんでも手に入れたいのであろう。
「しかし、それはあまりにも理不尽!まさか従われるのではありますまいな!」
右近が恐ろしい剣幕で詰め寄ってくるのを手で制す。
「儂とて従いたくはない。安富家が申してきただけならば突っぱねよう。しかし、何としてでも盛り返したい三好家も必死に攻めて来よう。それを防ぐ力は当家にはない。戦っても簡単に滅ぼされはすまいが、何れ圧される事となろう」
せめてどこか後詰めを送ってくれる家があれば違ったのだろうが。
共に三好家と対峙してくれる者といえば、讃岐国に戻った香川中務丞殿だが、中務丞殿も周りに攻められ自領を守るだけで手一杯。
とても後詰めを送ってくれる状態ではない。
「しかし、ここで唯々諾々と従えば、次々に無理難題を吹っ掛けてくる事は明白。従うべきでは御座いませぬ!」
右近の言葉は尤もなのだが、如何せん三好家の陣営とは力の差がある。
「まあ落ち着かれよ、右近殿。殿も勝てる算段さえあれば、この様な命に従われる事などありますまい。右近殿は何か算段が御有りか?」
弟の三河守(寒川光永)が右近を諫めると、右近も一旦は落ち着く。
「例え無かろうと、タダで城をくれてやるなど出来よう筈もない!殿が命に従おうが、儂は意地を通させていただく!」
右近が落ち着いたのは一瞬で、再び激昂する。
「まあ落ち着かれよ、右近殿。殿、後詰めの件に御座いますが、播磨の森兵部少輔殿に縋るのは如何に御座いましょう?」
「何?森兵部少輔殿だと?」
三河守が森兵部少輔殿を頼ればと提案してくるが、果たして上手く行くであろうか?
森兵部少輔殿は、当家に同盟か臣従、若しくは小豆島の割譲を迫ってきている。
「森兵部少輔殿は小豆島の扱いにおいて当家と話し合いを持っております。小豆島の割譲を匂わせれば、後詰めを送ってくれましょう。この様な要求をしてきた三好家に義理立てする必要もありますまい」
三好家に従う身なれば話を断ってきたが、岫雲庵殿の命に背くのであれば、織田家に臣従するのも悪くない。
後詰めを送ってくれるのであれば、島を渡す事は出来ぬが、一部割譲する程度は認めても良い。
「しかし、確か兵部少輔殿は京にあろう?話し合いが持てようか?」
確か兵部少輔殿は秋頃に京へ上り、未だ戻って来たとの話は聞かぬ。
まともな話し合いが出来ようか?
「当家との交渉は、家老の前野将右衛門(長康)に任されておるとか、問題ありますまい。当家が三好家に従い、力が衰えてから打診するよりは、良き条件で約を結べましょう。急ぎ連絡を取りましょう」
「よし、三河守に任せる。必ずや後詰めを連れて参れ」
森家が味方してくれれば、十分三好家に対抗出来よう。
安富家の所領を謝礼とすれば、こちらの腹も痛まぬしな。
「待たれよ!当家に居る隠岐守という者が森家の者と面識がある。その者も連れていかれよ。少しは役に立とう」
右近殿が待ったを掛け、隠岐守なる者を推挙する。
己の居らぬ所で勝手に話が進まぬ様にという事であろうが…
「良かろう。では、三河守と隠岐守に頼む事としよう」
後詰めが得られるのであれば構うまい。




