517 日々大人しく過ごしております
「傳兵衛、お主は大人しく過ごすという事すら出来ぬのか…」
殿へ小豆島で戦いがあった事を報告すると開口一番嘆息された。
「全くに御座いますな」
残念な事に村井民部少輔(貞勝)殿も殿に同意する。
「畏れながら某は日々大人しく過ごしております。大和国での事は霜台と筒井陽舜坊(順慶)のせいで、某の知るところでは御座いませぬ」
俺、何もしてないし。
霜台と順慶の勢力争いに巻き込まれただけだし。
悪いのは、あの2人だし。
「ほう?大人しくか。では延暦寺を焼いたのは如何なる思惑であったか?」
民部少輔殿が延暦寺の放火について尋ねてくるが、あれも俺のせいではない。
「延暦寺を焼いたのは園城寺(三井寺)の手の者に御座います」
延暦寺を焼いたのは、敵対勢力である園城寺の僧…
「惚けるな。お主の仕業なのは分かっておるわ。本当のところを申せ」
殿が本当の事を話せと命令してくる。
え~、そりゃ本当の事はバレてはいるだろうけどさ。
そこは園城寺のせいにする事で一件落着となった筈ではなかったか?
まあ、殿も理由なんて分かっているだろうけど、確認の為にも改めて俺の口から言わせたいのかな?
それとも言葉の穴を突ついて、何がなんでも俺のせいにしたい?
「一番は朝倉家に味方していた僧兵共に延暦寺が焼けているのを見せて、兵を退かせる為。次に日吉社や延暦寺が溜め込んだ銭を奪い、力を削ぐ為。坂本の町を焼いて僧兵共の拠点を潰す為。後は…某が延暦寺より借り受けた銭を踏み倒す為に御座いましょうか。しかしこれも延暦寺が朝倉家に味方しているのを知り、味方を救う為に仕方なく行った事に御座います」
他にも細々とした理由はあるが、大きなところはそんなものだろう。
延暦寺が敵対しなければ山を焼いたりはしなかったのも本当の事だし、俺は悪くない。
ただ、その為の準備を数年前から行っていただけだ。
「では、小豆島の件は如何か?」
民部少輔は流石にこれはお前のせいだろって目で尋ねてくる。
冤罪です!家臣が勝手にやったんです!とは言えないよな。
俺が家中の統制をとれていないと思われてしまう。
以前は、殺されなければ更迭されても構わないと思っていたのだが、本能寺の変フラグが立った今、1582年まで現状維持のまま行きたい。
少なくとも本能寺の変が起こった時に京に居たくない。
「元より殿より備前国の差配は任されております故、取れるならば取って良しと申しておったのは事実に御座います。しかし、本当に取れるとは…。余程隙だらけであったのでしょうな」
小豆島は備前国に所属しているので、殿より備前国の差配を任されている俺は小豆島の差配を任されている事になる。
幕府からは讃岐守護の細川家が小豆島の支配権を与えられていた様な気もするが、そんな昔の話は俺の知ったところではない。
それに相手が隙を晒さなければ奪い取る事なんて出来ないんだから、これはもう相手が悪い。
俺、悪くない!よし!
「しかし…」
「吉兵衛、もう良い。傳兵衛であれば、前以て言い訳くらい考えてきておろう。口論しても丸め込まれるだけよ」
民部少輔殿も本気で責めていた訳ではないのだろう。
殿の言葉に不満な顔もせず、あっさり話を打ち切る。
でも、最初に聞いてきたのは殿だよ?
「傳兵衛、過ぎた事は致し方ない。小豆島はお主に任せる。しかし、讃岐国へ攻め入るは安富家の所領のみとする。あくまで寒川家の支援に留めよ」
「はっ!」
う~ん、釘を刺されてしまった。
攻め込めるのは寒川家の隣にある安富家の領地のみ。
いやまあ、攻め取る気はないんだけどね。




