512 さらば大和
筒井家の軍も解散し、これ以上の戦いは無用となったので、霜台の居る越智城へ向かう事にする。
「若狭守、お主は陽舜坊に確りと言い聞かせよ。時が来る迄は、霜台に従う振りをしておれと」
筒井順慶が霜台に戦を仕掛けないよう、井戸良弘に順慶の説得を申し付ける。
「承知致しました。しかし、陽舜坊殿は素直に従いましょうや?」
良弘も順慶を説得しきる自信がないんだろう。
「大樹との結び付きが強固となる迄は控えるよう言い聞かせよ。次は助けてはやれぬぞ」
また勝手な事をされると困るからな。
次、懲りずに戦を起こされたら、助けてはあげられないぞ。
井戸良弘と別れて越智城へ向かうと、既に右衛門大夫(佐久間信盛)殿が後詰めを率いて到着していた。
「傳兵衛!またお主の差配か!正月も近いというに、少しは自重せぬか!」
会うや否や右衛門大夫殿は、俺に酷い濡れ衣を被せて来た。
「此度は某は何もしてはおりませぬ。全ては霜台の求めに応じ、福住と井戸の両城を攻めただけに御座る」
失敬な!
今回は何も策なんて…井戸良弘の勧誘くらいしか弄してないよ。
「真か?」
「流石に会うた事もない越智某が騒動を起こし、尚且つこの様な事態となるなど思いもしませぬよ」
何の為に十市家の騒動を収めたと思ってるんだ。
代わりに越智家の騒動が早まるなんて、想像もしてなかったわ。
その内に爆発するのは分かってたけど。
兎に角、この騒動の黒幕は俺ではない。
右衛門大夫殿、この俺の一点の曇りも無い澄んだ眼を見てください。
これが嘘を言う様な目に見えますか!
「胡散臭い」
失敬な!
「兎も角、某はこの騒動には関わっておりませぬ」
「…まあ良い。その様に殿には御報告申し上げておこう」
どうやら右衛門大夫殿も、俺が潔白だと分かってくれた様だ。
「兵部少輔殿、御苦労に御座る。一晩で二城を落とすとは。『城落としの傳兵衛』の名の通りの働きに御座いますな」
同席していた霜台より労いの言葉を投げ掛けられるが、そんな二つ名、あったっけ?
「福住城が要り用であったなら申し訳御座らぬ。六郎四郎(山口秀勝)殿に話を聞き、新たに築くから不要だと申された為、焼き捨てましたが」
「あの辺りは六郎四郎の所領。六郎四郎が要らぬと申すならば問題御座らぬ」
おっ、良かった良かった。
ゴネられたら、あんな城があるから筒井一党が屯するんや、とか言って誤魔化す積もりだったけど、必要なくなったな。
流石は霜台、話が分かる。
「ところで、某が捕らえた井戸若狭守(良弘)に御座るが、西国に送ろうかと思うておりますが構いませぬか?」
そのまま良弘を西国へ連れていっても構わないんだが、一応霜台の了承も得ておこう。
後でグチグチ言われたくないからな。
「しかし、若狭守は陽舜坊の…」
「それは充分承知しております。しかしここで死なせるには惜しい。霜台の許しなくば決して畿内には入れませぬ故、どうか若狭守を某にいただきたい」
霜台の言葉を遮って、良弘を僕にくださいと頭を下げる。
これだけ働いたんだから、国人の1人や2人貰っても構わないやろ?
「兵部少輔殿に頭を下げられては否とは言えませぬな」
うんうん、そうでしょそうでしょ。
良弘を家臣に加える許可も得たし、これで漸く京でのんびり正月を迎えられるな。
ちなみに霜台の許しがなければ畿内には入れないと言ったが、霜台とは弾正台という官職の唐名なので、別に松永久秀だけを指す言葉じゃない。
ウチの殿も普段尾張守と呼ばれてはいるが、弾正大弼の官職も授かっているので、霜台と呼んでも問題ない…よね?
最悪、ウチの家臣に弾正を自称させれば問題ないだろう。




