508 若いなぁ
城主不在の井戸城に堂々と侵入成功したのは良いが、果たして十郎はどう出るかな?
井戸十郎の案内で城の奥の広間へ通される。
途中、いやにゆっくりと、そして遠回りに移動した様な気がするけどまあいいや。
少々御待ちくださいと言って十郎が一旦下がると、柳生新次郎(厳勝)が他に聞かれぬよう小声で話しかけてくる。
「兵部少輔殿、御気付きか?」
で、何を気付けって?
「如何された?新次郎殿」
「これは部屋の外に兵が伏せておりますな」
げっ!ヤル気か?ヤル気なのか?
周りを見ると、木村又蔵(正勝)以外は分かっていると言った感じで頷いている。
「ああ、その様な事か。問題は御座らぬ」
又蔵以外の周りの勿論気付いてますよねって雰囲気に、まさか気付かなかったとは言い辛かったので、何となく虚勢を張ってみる。
「まさか十郎は我等を襲う算段で?」
又蔵が思わず驚いた声を洩らすが、それ以外にないだろ。
兵が伏せている事に気付かぬ事と言い、それに驚いている事と言い、又蔵もまだまだ脳筋に染まりきってないようだな。
頼むから、そのままの君でいてね。
「なんだ気付いておらなんだのか、又蔵。その様に驚きよって」
野中権之進(良平)が気付かなかった又蔵をからかうが、俺も気付いてませんでしたけどね!
権之進には、後で面倒な仕事でも投げてやろう。
「儂が驚いたのは兵を伏せておる事に気付かなかんだ事にではない!儂等を襲おうとする者がおる事に対してだ!」
「おお、そちらか。ならば得心した。まさかあの程度の数で我等を討てると思うておる者がおろうとはな」
又蔵の言い訳に権之進が頷いている。
ごめん…又蔵にはそのままでいてと思ったけど、手遅れだったわ。
となると、この中でまともなのは俺だけかよ。
「父の若狭守は不在故、嫡男の某が話を伺います。それで兵部少輔様は如何なる御用に御座いましょう?」
奥へ引っ込んでいた十郎が戻ってきて、やっと本題に入る事になった。
「単刀直入に申す。霜台に従い、兵を退かれよ」
「何を申される…」
「十郎殿の母君は陽舜坊殿の姉君である事は存じておる。しかし、今は時期が悪い」
井戸良弘の正室は筒井順慶の姉だ。
だから筒井家に従うのは当然の事と言える。
「時期が悪い?」
「左様。此度の騒動は陽舜坊殿の謀ではあるまい?越智伊予守(家増)が民部少輔(家高)を殺し損ね、十市城へ逃げ込まれた為に霜台と対峙する事となり、仕方なく陽舜坊殿に救いを求めただけだ。もし民部少輔を討ち取っておれば、そのまま霜台に従っておった筈だ」
実際のところ、多分ではあるが、家増は霜台側に付いたと思う。
「それは…」
「阿波三好家や摂津池田家との戦で霜台殿が兵を損ねておるなら兎も角、陽舜坊殿にとっても今事を構える事は不本意である筈」
史実と違い、霜台の兵はそれほど減ってない。
後詰めがある事を考えると、今戦うのは少し厳しい。
「それは確かに」
十郎もそれは素直に認める。
おい、素直だな。
「加えて大樹の機嫌がある」
「大樹の機嫌?」
「左様。忌々しい三好家を阿波へ追い返し、楯突いた浅井家を滅ぼす事が出来た。来春には朝倉家を討伐すると決まり、大樹は大変機嫌が良い。しかし、大和国で騒動を起こし、その機嫌に水を差される事となれば、陽舜坊殿もただでは済むまい。最悪討伐という事にもなりかねぬ。悪い事は言わぬ。思うところはあろうが、今は堪えて霜台に従い、機を窺うが良かろう」
俺の説得を十郎は黙って聞いていたが、腹が決まったのかキッと表情が引き締まる。
「兵部少輔様の申される事は一々尤もなれど、某は父より城を死守せよと命じられております。兵部少輔様の申される通りだとしても、城を明け渡す訳には参りませぬ」
若いなぁ。
おっさん連中ならもっと悩んでくれるのに。
「どうしても?」
「申し訳御座らぬが、此処で兵部少輔様を討ち取らせていただく!」
十郎がそう叫ぶと襖が開き、敵が襲いかかってくる。
「まあ、妹御は殺さぬ故、存分に掛かって来られよ」
余裕たっぷりにそう言い返すと、刀を抜く。
ふっ、戦で普通に刀を抜いたのはいつ振りか…
最近槍とか大太刀とか薙刀とかばかりだったような?
あとは脇差しを投げたり…
敵の大半は戦に繰り出されているから、20人か30人くらい…多くても50人を超える事はないだろう。
狭い室内だし、全員が一気に殺到してくる事もない。
脳筋共の事なら焦らず対処していけば問題ないだろうが、少し敵の数を減らしたいな。
「さて、後ろで様子見しておる者の中に城門を開いて、儂の兵を城内へ引き入れてくれる者は居らぬか?儂から霜台へ口利きをしてやるぞ?それとも皆、儂等に叩き斬られるのが望みか?」
俺の言葉に幾人か動揺している者がいるな。
この井戸城にいる兵は、全員が井戸家の家臣という訳ではない。
霜台に城を落とされた近隣の城主達も逃げ込んでいる。
ここで門を開ければ、城に戻れるかもしれない。
そんな誘惑に乗ってみませんか?
本当に口利きはしてあげるよ?




