５０３ 多聞城へ
「そう言えば兵部少輔殿、柳生新左衛門が兵部少輔殿に会いたがっておりましたぞ。急ぎではないらしいが、何やら話があるようで」
新左衛門…霜台が言うのなら柳生宗厳の事だな。
柳生宗厳が俺に用って何だろう？
あの真面目そうな宗厳の事だから、無茶な注文って事はないとは思うが。
問題は…柳生庄まで行くのが遠くて面倒臭い事だな。
興福寺から南の十市城へ向かい、そこから北西へ向かい信貴山城へやって来た。
丁度『√』の形に東から西へと総移動距離で32km程移動して来た訳だが、柳生庄はこの信貴山城から北東へ20km以上…もと居た興福寺を更に越えた場所にまで移動しなきゃいけない。
大和国の北部をぐるぐる盥回しにされている気分になる。
…急ぎではない様なので、今回宗厳と会うのは見送らせていただこうかな。
「新左衛門は今、多聞城に居ります故、京へ帰る途中にでも寄れば、新左衛門も喜びましょうな」
えっ？宗厳は多聞城に居るの？
なら寄っても良いか。
ここから多聞城は北北東に10km程離れているが、霜台の言う通り京への帰り道の途中にあるので、多聞城に寄るのは手間にならない。
「承知致しました。京へ戻る前に新左衛門殿の許を訪ねる事に致しましょう」
信貴山城を出て柳生宗厳の居る多聞城へ入る。
「おお、兵部少輔殿。よくぞ御越しくだされた」
城では柳生宗厳と嫡男の新次郎(厳勝)に出迎えられる。
「新左衛門殿、新次郎殿、御久しゅう御座る。霜台より何やら新左衛門殿が某に用があるとか」
「左様。兵部少輔殿に召し抱えていただきたい者がおりましてな」
俺に召し抱えて欲しい者？
霜台ではなく俺に？
何か訳ありな人物かいな？
「霜台ではなく某に？」
「左様。以前兵部少輔殿より誘いを受けた事があるとの事。その時は断った様ですが。であるならば、霜台よりも兵部少輔殿の方が良かろうと」
俺が誘って断られた人物…大和国で勧誘活動なんて島左近以外してないから、柳生関係の人物だと思うけど、誰だ？
「その御仁とは？」
「雲林院出羽守…今は松軒と名乗っておりますが」
雲林院松軒！確かに伊勢の戦いの前に勧誘したわ！
ああ、確か史実でも戦後暫くは柳生庄で陰遁生活を送るんだったか。
「おお！確かに出羽守殿を御誘い申し上げた」
「一旦は断りを入れておきながら、今更と御思いやもしれませぬが、御聞き届けいただければと」
「いやいや、あの時は織田家と工藤家で争っておった。断られるのは当然の事。寧ろその時の事を思い出し、某を頼っていただける事を嬉しく思いますぞ！」
雲林院松軒といえば、剣聖・塚原卜伝の高弟として有名な剣豪。
そんな人物に剣術指南役になってもらえれば、言う事はない。
森家には野中伯山という指南役がいるが、それは美濃本家の指南役で、ウチの家の指南役ではない。
時間を作って教わりに行ってはいるけども、いちいち美濃国まで赴かなければならないのはちょっと面倒臭い。
未来の剣豪なら数人召し抱えているが、未来の話でしかない。
なので、松軒が赤穂に来てくれるというなら大歓迎だ。
拒む理由などありはしない。
織田信孝の兵法指南役となるはずだが、まあ信孝程度からなら奪っても問題ないだろう。
「忝ない。松軒も喜びましょう」
「何の！松軒殿程の御仁を当家に迎え入れられるとは望外の喜びに御座る。松軒殿は柳生庄に御出か？」
雲林院松軒を家臣に加えられるのなら、柳生庄だろうが何処だろうが出向きますよ。
「ははっ、何も兵部少輔殿が出向かずとも、後日松軒を京へ向かわせましょう」
「いやいや、松軒殿程の御仁を迎えるのに、此方から伺わねば非礼と申すもの。直ぐにでも柳生庄へ向かいましょうぞ」
第一印象ってのは大切だしな。
こっちが礼を尽くしていると感じてもらったら、好感度も高くなり、そうそう出奔などはされないだろうしな。
「いやいや、それには及びませぬ。松軒の方が兵部少輔殿に仕官を願う方なのです。松軒には此方へ向かうよう知らせを送りましょう」
うん？俺が柳生庄に行くと何かマズイ事でもあるのか？
…もしかして、隠し田とか見られたくないとか？
確かに柳生家は、史実で豊臣秀長に隠し田を没収されて貧困に陥っているけど、俺は検地とかしに来た訳じゃないし、上に報告したりとかしないよ？
それに俺って賄賂肯定派(否定派って知らんけど)なので、袖の下大歓迎ですよ？
