502 原書なら
さて、三好義継の頼みを聞いて十市家の御家騒動に介入したし(結果は知らん)、序でに島左近にも会えたし、大和国でやるべき事は終わったよね?
もう、京へ帰ってもいいよね?
「兵部少輔殿!森兵部少輔殿では御座いませぬか!良かった。行き違いにならずに済み申した」
帰京するべく供回りに声を掛けようとした時、遠くから俺を呼ぶ声がした。
良く見ると見覚えのある顔。
「これは左衛門尉殿、如何された?儂に何ぞ御用でも?」
左衛門尉…四手井家保、霜台の家臣で俺の屋敷のある山科出身の武将だ。
霜台に動きを捕捉されたか…まあ、されるわな。
「兵部少輔殿が大和国に居られると聞きましてな。何やら色々と動かれておられたとか」
いや、色々と言われる程、動いてませんけど。
「いや、十市城にて常陸介(十市遠長)殿と会うてきただけに御座るが…」
他は何もしてないよね。
「ほう、常陸介殿に…。霜台も兵部少輔殿に御会いしたいと申しております。常陸介殿の話も御座いますれば、是非とも信貴山城へ御同道願いたい」
流石にここで断るのは、おかしいよな。
要らん疑いを掛けられる訳にもいかないし、行くしかないか。
「某もこれより霜台の許へ向かうつもりであった。渡りに船とはこの事に御座る」
やっぱり会うしかないよね。
「幸い常陸介殿は話の分かる御仁で、家を割る愚を分かってもらえ申した。此度の騒動でないから気になさるな、筒井家に味方する事はありますまい」
四手井家保に連れられて、霜台の居る信貴山城へ到着すると、直ぐ霜台に十市遠長との話し合いの内容を報告する。
「良くやってくだされた、兵部少輔殿。儂も先代の娘を右衛門佐(松永久通)と娶せようと思うておったのじゃが、必要のうなったか」
先代の十市遠成には娘が2人おり、長女のおなへは、史実でも松永久通の許へ嫁いでいる。
「いえ。あくまでも此度は霜台の側に付いたというだけに御座る。周りの状況が変われば直ぐにでも筒井家に味方致しましょう。娶せておいて損は御座らぬ」
そんなもの、筒井家に城を攻められればアッサリと寝返るだろう。
所詮口約束だし、律儀に守ったりしないだろう。
少なくとも俺ならしない。
「然もありなん。ではやはり当初の予定通りと致す事としよう」
「それが宜しいでしょう。それと何時でも後詰めを送れると知らせておけば、寝返る事を躊躇うやもしれませぬ。御一考を」
「兵部少輔殿の申される事はもっともなれば、常陸介殿には直ぐに書状を送りましょう」
まあ、俺は俺の仕事を終えたから、後はどうなろうが知った事ではないんだけどな。
「兵部少輔殿には大変世話になった。何か礼をと思うておるが、何が良いか…。兵部少輔殿は、何ぞ欲しい物はあるか?」
あっ、何かくれるんですか?
刀とかがいいですけど。
とはいえ、刀ばかり貰っていては、俺には刀を与えておけば良いやとか軽く見られてしまうかもしれない。
刀一本で扱き使われるのも癪だし。
ここは文化人的な物を…
「霜台の所蔵しておられる茶器を拝見させていただきたい」
くれとは言ってない。
見るだけね。
「その様な事で宜しいのか?」
「霜台も御存知の通り、某は茶器の作成に力を入れております。いつかは唐物以上の物をこの国でと、各地に窯を開き、陶工を招いておりますが、その一助となればと」
「そういう話であれば、儂も興味が御座る。是非に御覧いただこう。しかし、それだけではな…。そうだ良いものがある」
あっ、刀もくれるのかと期待したが、霜台は一冊の書物を手渡してくる。
「これは?」
「曲直瀬道三より頂戴した黄素妙論という書物に御座る。これは…」
あっ、結構です。
いや、原書なら価値はあるよな?
親父にプレゼントするのもいいか…




