498 夢見る僧
やって来ました大和国。
勿論、霜台(松永久秀)や筒井順慶の所へ向かった訳ではない。
「御無沙汰しております、覚禅坊殿」
訪れた場所は興福寺宝蔵院。
宝蔵院流槍術の創始者である覚禅坊胤栄を訪ねてやって来た。
「うむ。久しいな兵部少輔殿。心配してはおらなんだが鍛錬は怠ってはおらぬ様に御座るな」
「勿論に御座います」
俺も槍の達人である胤栄に長刀を習っているので、一応師弟という事になる。
槍術の腕を磨きに来たのに何故か長刀を教わっていたのかは知らん。
「才蔵、新助。お主等も怠けてはおるまいな?」
胤栄は、供としてやって来た才蔵(可児長吉)と新助(加治田繁政)にも怠けていないか確認する。
「その様な事は御座いませぬ!」「怠けるなど、あろう筈が御座いませぬ!」
才蔵と新助がサボってないかと言われて逸っているが、ただの挨拶みたいなもので胤栄も本気で言ってる訳ではないだろ。
それが分からんとは、まだまだ若いな。
まあ、2人の事なんてどうでもいいが。
「実は某、此度の十市家の騒動の相談を受けてまして、その事について覚禅坊殿に口添えを頼みたいと罷り越した次第に御座います」
「ほう、十市家に御座るか。ならば兵部少輔殿の目当ては長実坊殿に御座るな?」
「流石は覚禅坊殿。御明察に御座います」
そう、今回宝蔵院胤栄を訪ねたのは人を紹介して欲しかったから。
京で仕事をしていた時期もあり、結構僧や公家とも知り合っている俺だが、意外にも長実坊… 多聞院英俊に会った事がなかったので、胤栄に紹介してもらおうと宝蔵院にやって来たのだ。
多聞院日記で夢の事ばかり書いている事で有名な多聞院英俊は、十市家の出身の興福寺の僧だ。
直接英俊の許へ訪ねるよりも、誰かに紹介してもらった方が話がスムーズに進む。
院は違えど同じ興福寺の僧である胤栄が、英俊の事を知らぬ筈がないと宝蔵院へとやって来た。
京へ戻れば幾らでも伝手はあるんだけど、畿内を行ったり来たりするのは面倒臭いから、同じ興福寺内に居る胤栄でいいやってノリで。
「良かろう。長実坊殿への口添えは任せよ。長実坊殿が院に居られるか使いの者を遣る。それまでお主等が本当に怠けておらなんだか確かめるとしよう」
そう言うが早いか庭にスタスタと歩いていく。
「仕方あるまい。才蔵、新助、覚禅坊殿に伸されて来い」
俺もやらなきゃいけないんだから、その前に頑張って胤栄の体力を削ってきてくれ。
昼から胤栄がアポを取ってくれた多聞院の長実坊英俊の許を訪れる。
色々と雑談という名の腹の探りあいをした後に本題へと入る。
「兵部少輔殿、拙に御用とは如何なる事に御座いましょうか?」
「単刀直入に申しますと、十市家の騒動についてに御座います。三好左京大夫(義継)様より様子を見てきてくれと言われまして、霜台や十市家の方々と会う前に少し内情を調べたいと思いまして。長実坊殿ならば十市家の内情にも詳しかろうと、知己の覚禅坊殿に口利きを頼んだ次第に御座います」
「ほう、霜台の前に拙の許へ?」
「先に霜台に会うてしまうと、某の考えにどうしても霜台の意図が混ざる事となりましょう。どうせ首を突っ込むならば出来る限りは十市家にとってより良い結末となる様にと思いまして」
俺には関係ない話だからヤル気自体はないんだけど、なるべく霜台にも筒井順慶にも得をさせたくないという思いはある。
「それは何と…。しかし、分かり申した。十市家の内情を御話し致そう。先代の兵部少輔(十市遠成)が亡くなったのだが、後継となる男子が居らず…」
ま、聞かなくてもだいたい知ってるんだけど。
十市遠成の後室と娘のおなべと、家中で力を増した十市遠長が対立してるんでしょ?
知ってる知ってる。




