492 あんたのを貰う事に意味がある
「お主の御陰もあって所領を…ほんの一部ではあるが取り戻す事が出来た。感謝しておるぞ、兵部少輔」
播磨国へ戻る前に渋々だが六角義治に会いに行く。
盾代わりの藤堂与右衛門(高虎)を連れて…
近くに居るのに会いにも行かずにそのまま播磨へ戻ろうものなら、後で何を言われるか分かったものじゃない。
ねちっこいからな、アイツ。
「なんの!全ては右衛門督様が諦めず機を見て動かれたからに御座います」
浅井・朝倉家と織田家の戦いに乗じて所領を取り戻そうとするなんて、全く要らん事しやがって。
そのままフェイドアウトしてくれよ。
そんなに俺の気持ちには微塵も気付かずに、隣に控えている与右衛門に目を向ける。
「お主は確か兵部少輔の小姓であったか」
一応、与右衛門が俺の小姓をしていた時に、義治と与右衛門は会ってはいるな。
しかし義治も、ちゃんと人の顔を覚えてるんだ…
いや、これは俺の偏見だな。
「はっ、藤堂与右衛門と申します。今は兵部少輔様の許を離れ、生地の甲良荘を治めております」
与右衛門も此度の戦で藤堂村周辺の土地を領地として与えられ、何気に京極家よりも大きい所領を持つに至ったので、甲良荘を治めていると言っても過言ではないだろう。
「藤堂与右衛門と申せば、確か儂の後に横山城へやって来て、左衛門佐(森可成)殿と共に城を落とした者であったな」
義治と与右衛門は、親父と共に横山城を攻めていたんじゃなかったっけ?
義治は途中離脱して入れ違いになったんだったか?
「某は暫く西国に力を注ぐ事になろうかと思います。その間、近江にて何かあれば、この与右衛門に御知らせいただければ、右衛門督様の力になりましょう」
俺が畿内に居ない以上、俺と連絡を取りたければ、その役目は於乱ちゃんとなる。
於乱ちゃんに義治の相手をさせるとか、情操教育に悪いしな。
与右衛門には於乱ちゃんの盾となってもらおう。
「左様か。兵部少輔と会えぬのは心細いが、何かあれば与右衛門を頼らせてもらおう」
「頼んだぞ、与右衛門」
於乱ちゃんを義治の魔の手から守る為に。
「…はっ!」
与右衛門が答える迄に一拍あったな。
無視するけど。
「ところで兵部少輔よ、更に所領を取り戻すには如何すれば良いか?」
与右衛門の紹介を終えた後、また義治が要らん事を言い出した。
これ以上要らん事をされて堪るか!
「難しゅう御座いますな。戦で手柄を立てるならば、次の戦は越前朝倉家との戦になりましょう。その戦いで手柄を立てようとも、手に入るは越前国の領地の筈。其れだけなら未だしも下手をすれば近江国から越前国へ所領を移される事になりかねませぬ。今は機会を待たれた方が良いかと」
義治の望みは、近江国で勢力拡大し、嘗ての近江守護としての権勢を取り戻す事の筈。
越前国への引っ越しは本意ではないよね?
ならば大人しくしていようね?
「仕方ない。兵部少輔がそう申すのであれば、暫し待つとしよう。朝倉家討伐も尾張守(織田信長)殿に請われねば見送る事としよう」
よし!
殿!やりましたよ!
義治を丸め込んで動きを封じましたよ!
この後に義治が変な動きをしても、俺は関係ないから!
与右衛門、お前が証人な!
「ところで、兵部少輔。お主には世話になった。何か礼をと思うたのだが、刀ぐr…もとい、刀好きのお主にはやはり刀を贈るのが良かろう。以前、堺にて手に入れた備前長船長光だが、お主に与えよう」
六角義治の長船長光!
もしかして…
「堺に御座いますか。それはもしや青屋にあった長光では?」
俺は内心のドキドキを抑えて、義治に問いかける。
「何だ、知っておるのか。つまらぬ」
義治は一旦驚いた表情を見せた後につまらなそうに答えるが、俺は歓喜で今にも小躍りしそうになるのを必死に抑えている。
青屋長光だ!
六角義治が堺商人の青屋にて買い求め、後に右衛門大夫(佐久間信盛)殿に贈ったという刀!
太閤御物刀絵図や享保名物帳にも記載のある刀だ。
長さも二尺四寸で、同じくらいに見える!
間違いない!青屋長光だ!
「右衛門督様より頂戴する事に意味があるのではないですか!」
俺は義治が機嫌を損ねて刀を引っ込めてしまっては堪らぬと、勢い込んで義治にねだる。
それにあんたが青屋から手に入れた長光を貰う事に意味があるんですよ!
義治が青屋から入手した長光じゃないと、それが本物の青屋長光なのか、別の長光なのか分からんじゃないか!
「兵部少輔は愛い奴よのう」
俺が心からそう言っているのが分かったのか、途端に機嫌が良くなった義治は、俺に刀を手渡してくれる。
やったぜ!
義治の面倒を見てきた甲斐があった…いや、流石に刀一本では割りに合わんな。




