490 小豆島は備前国
建部賢文視点です。
播磨国赤穂郡加里屋村加里屋城 赤穂森家家臣 建部伝内賢文
殿が畿内に向かわれた後、播磨備前両国の所領は、家老の森勝三郎殿が仕切っておられた。
他の二人の家老、斎藤内蔵助(利三)殿と前野将右衛門(長康)殿は、三好家の目を引き付ける為に、それぞれ摂津国と讃岐国及び小豆島で役目を果たしておられた。
畿内での戦が収まり御二人が戻られると、それに替わるように勝三郎殿が畿内へ向かわれる事となり、現在御二方がそれぞれ備前国と播磨国の諸将を纏めておられる。
本日は家老の御二方に、参謀の本多弥八郎(正信)殿を加えた何時もの面々に加里屋城の城代である儂を加え、話し合いの場がもたれている。
「殿は、何時御戻りになられるのか?」
開口一番、将右衛門殿が何時殿が御戻りになられるのかと尋ねられる。
「年末迄には戻られるとの事に御座いますが、向こうでの状況次第では年明けになるやもしれませぬな」
儂が溜息交じりに答えると、将右衛門殿も溜息で返される。
将右衛門の気持ちは、よく分かる。
後事を任されたとはいえ、殿でなければ判断出来ぬ事が多過ぎるのだ。
領内の事に限れば、我等で何とでもなるが、領外の事となれば慎重にならざるを得ない。
殿は突拍子もない事をなさるので、常道の行いが本当に殿の考えと合致しているのか判断に迷うのだ。
「毛利、大友両陣営より書状も参っておる。毛利家の方は良いとして、殿は大友家の方をどうなさる御積もりであろうか」
将右衛門殿も腕を組んで悩まれておられる。
普通であれば毛利家に荷担すべきやもしれぬが、織田家と大友家が敵対しておる訳でもない。
幕府も何とか両家の仲を取り持とうと動いておるしな。
「今、備中国にて三村家と宇喜多家が争っておるが、両家からは何も言っては来ぬのか?」
内蔵助殿が儂に何か知らせはないかと尋ねてくる。
「毛利家からは、因幡国におる尼子に与する者共の討伐を頼まれておるが、その件に関しては手出し無用との事。宇喜多家からは何も御座いませぬな」
宇喜多家から後詰めを頼まれるかと思ったが、どうやら宇喜多三郎右衛門(直家)は自力で対処する自信があるようだ。
因幡国については、隣国の但馬国を任されておられる坂井右近将監(政尚)殿の役目であろう。
「ふむ、此方としては助かるが…」
内蔵助殿も首を捻りながら呟く。
「そちらは毛利家のやりたい様にやらせておけば良いかと。殿も当家に関わりなくば、静観の構えを取られましょう」
弥八郎も毛利家に丸投げで良いとの考えの様だ。
「四国の方は如何か?」
毛利家の話は終わったと、内蔵助殿は四国三好家の動きを将右衛門殿に尋ねられる。
「讃岐国に戻った香川中務丞(之景)殿が周りの国人衆達を唆した為に、かなり手を焼いておる様だ」
「ほう。此度の戦、篠原家は早々に退き上げた故、兵の消耗も少なかった筈だが?」
「何もせずに退いた為に、反対に三好家与し易しと思われたのであろうな。家中でも火の粉が上がっておる様だし、余計にな」
「成る程…」
どうやら三好家の家中でも色々と面倒事が起こっておる様だ。
殿であれば、そこをどう利用なされるか…
「将右衛門殿、今再び小豆島へ兵を進めれば、島を取れましょうか?」
殿ならば如何するかと考えを巡らしておると、弥八郎が小豆島へ出兵の成否を将右衛門殿に尋ねる。
「決して取れぬ訳ではないが…。向こうから攻め寄せてきた訳でもないのに、勝手に兵を動かす訳にもいくまい」
どちらかと言えば殿は報復は認めても、自らが戦端を開く事を良しとされぬ、待ちの姿勢をとられる事が多い。
小豆島への出兵は、あくまでも先の戦での話で、それも既に兵を退き終えている。
乱りに兵を動かすと、後で殿の怒りを買う事になりかねぬ。
「ならば取りましょう。殿も取れるならば取って良いと仰られておりました」
「一度退いておるが構わぬと?」
「殿は常々小豆島は備前国に含むと、はっきりと仰られております。備前国の仕置きは殿の御役目。取るに不都合は御座いませぬ。それに上手く行かずとも、三好家の兵を引き付けるだけでも香川中務丞殿への援護にはなりましょう」
成る程、備前国の内であれば勝手に動いても咎められぬと。
それは三村家と宇喜多家の戦にも言えるか。
戦が備中国で収まっておる間は放置して構わぬと言う事だな。
香川中務丞が三好家と結ぶと厄介だが、予め釘を刺しておけば良い。
小豆島を取れれば、不穏な動きをしておる能島の海賊共への牽制にもなろう。




