489 鎖帷子を
宇喜多忠家視点です。
備前国御野郡石山 宇喜多七郎兵衛忠家
「兄上。備中佐井田城の植木下総守(秀長)が、三村修理進(元親)に攻められておるとの知らせを受けましたが」
三村修理進が佐井田城へ攻め込んだという知らせを受け、兄の居る石山城へ一同が集められた。
「うむ。この与一兵衛の申す通りであれば、修理進は毛利家の助力を得て、佐井田城を囲んでおるらしい」
兄は末席で控えていた男を差す。
「植木家家臣、嶺本与一兵衛に御座います。三村修理進は毛利少輔四郎(元清)等の助力を得て佐井田城を囲んでおります!城には兵糧も少なく、このままでは城を明け渡すしか御座いませぬ!どうか後詰めを御送りいただきたい!」
相当危ういのであろう、徐々に与一兵衛の言葉に力が入っていくのが分かる。
普通後詰めを頼む時には、多少は事を大袈裟に申すものだが、此度は敵方に毛利家からの兵も加わり本当に危ういのであろうな。
「そこで平右衛門尉(富川正利)、お主に佐井田城への後詰めを命じる。毛利家の兵を蹴散らして参れ。七郎兵衛、お主は森家の動きを警戒せよ。他の者も各々何時でも戦に出られる様に備えよ」
兄は平右衛門尉に後詰めを任せる。
まあ、平右衛門尉に任せておけば間違いあるまい。
平右衛門尉の力は、乳兄弟である儂が良く見知っておる故な。
それよりも森家の事の方が気に掛かる。
「兄上。毛利家と事を構えるとなれば、兵部少輔殿に一言伝えておいた方が良いのでは御座いませぬか?」
森家と毛利家は良好な関係にある。
毛利家と矛を交える事になれば、此方の非を唱えて攻め寄せてくるのではないか?
後で責められる前に、向こうから攻めてきたのであって、当家に非がない事を伝えた方が良いのではないか?
「伝えずとも良い」
しかし、兄は要らぬ事とバッサリ切って捨てた。
「宜しいので?」
「伝えれば出兵を止められるやもしれぬ。それに兵部少輔が畿内に居る今、留守居役は兵部少輔が戻るまで、何かと理由を付けて出兵を引き延ばそうとするに決まっておる。それでは遅い」
まあ、兵部少輔殿が尾張守殿より任されておるのは備前国の話。
備中国の争いなど知った事ではないやもしれぬしな。
「兵部少輔殿の不興を買いませぬか?」
「問題ない。不興など疾うに買うておるわ」
それは問題ないとは言わぬ!
問題しかないではないか!
「兄上、それは…」
「以前は児島郡に兵を入れられ海峡を押さえられた。此度は松田家を滅ぼそうとしたところを兵部少輔の指示を受けた浦上家に割って入られた。これを不興を買っておると言わず何と言うか」
いや、児島郡の事は兎も角、松田家の事は我等が三好家と手を組んでおった事が露見しておったからであろう。
当初松田家と共に森家の領地へ攻め込もうとしたが、事が兵部少輔殿に露見した事で松田家へ攻め掛かる事で誤魔化そうとした。
事が露見しておったならば、それに対処する為に予め浦上家に当家と松田家の討伐を命じておったのであろうな。
「ならば尚更付け入る隙を与える訳にはいかぬのでは?」
「いや、兵部少輔は止めぬであろう。あの者も毛利家の力が衰える事は歓迎しよう。無論毛利家に言われれば止めに入ろうがな。そうなったとしても、当家を滅ぼしはせぬであろう」
「何故に御座いましょう?」
不興を買っておるならば、些細な理由でも攻め滅ぼそうとするのではないか?
「毛利家を襲わせるのに使い勝手が良いからな。儂等が毛利家を攻め、頃良いところで止めに入る。それを幾度か繰り返し、毛利家の力を削ぐ。あの者は悪辣故、その程度の事は考えておろう。故に使い勝手が良い内は滅ぼされはせぬ」
「左様に御座いましょうか?」
確かに兵部少輔殿の知略は恐るべきものだし敵には容赦せぬであろうが、味方に対してそこまで悪辣であろうか?
「お主も兵部少輔と会うて、あの者の目を見たであろう。まるで塵芥を見る様な恐ろしい目であった」
そうであろうか?
寧ろ気の毒なものを見る様な…憐れむ様な目ではなかったか?
「そうでありましたか?」
「利用価値なしと判断すれば、あっさりと切り捨てよう。あれ程油断ならぬ者など、そうは居るまいて。対面するとなれば鎖帷子を着込んだとて、とてもではないが安心出来まい」
いや、それは兄上の事であろうに…




