48 三河一向一揆
夏目吉信(広次)目線です
三河 勝鬘寺 夏目次郎左衛門広次
「半蔵殿!ご無事か!」
酷い傷を負った渡辺半蔵殿が、父親の源五左衛門殿の首を抱えながら転がり込んでくる。
「兄上!」
「半蔵!」
半蔵殿の弟である新左衛門殿と、母方の叔父である但馬守殿が走り寄る。
「すまぬ!父上を…」
源五左衛門殿は、重傷を負った半蔵殿を庇い討ち取られ、半蔵殿は、その首を必死に抱えて逃げ延びたのだ。
「今日は、もう攻めては来まい。ひとまず奥で、傷の手当てをされよ」
手当ての為、奥へと向かう兄弟を見つめながら、ふと溜め息がもれる。
「やはり勝てぬか…」
元々、本拠の六栗城に篭っておったが、乙部八兵衛が、松平又八郎殿の軍勢を引き入れ、あっという間に制圧されてしまった。
幸い、美濃から来られた堀権之助殿に、八兵衛の寝返りを聞かされていたため万が一に備えており、上和田城へと逃れる事ができたが…
「寝返ったのではなく、戻ったと言うべきか…」
忠義と信仰を秤にかけて、殿に刃を向けたが、権之助殿の王法為本の教えに反しているという話を聞けば、間違っているのは我等ではないのだろうか。
いよいよ追い詰められ、そんな考えが頭を過る。
「最早時間の問題であろう。皆は如何する?」
主だった武士どもを集め、これからの事を話し合う。
「このまま逃げて、舅殿に迷惑もかけられぬ。某は降伏して殿の沙汰を待つとしよう」
蜂屋半之丞殿は降伏するらしい。
舅の大久保五郎右衛門は、一向衆の擁護をしておられる。
逃げて舅の立場が、これ以上悪くなる事は出来ぬのだろう。
「新左衛門殿は、如何致す?」
兄の半蔵殿は、未だ傷を癒す為に休んでいる。
「兄の考えに従いまするが、父を討たれておりますれば、暫くは…」
父の源五左衛門殿を討たれては、素直に降れぬか…
「某、尾張の織田家の森三左衛門殿より、仕官の誘いを受けておる。共に尾張へ行かれるか?」
「尾張にございますか?」
「先日、三左衛門殿の使いという、真宗の僧である堀権之助殿が訪ねて来られてな、もし三河に居辛いようであればと、尾張の森家への仕官を勧められた。大津半右衛門殿、土左衛門殿、久留善四郎殿にも話してあるが、いよいよとなれば…」
「…なるほど」
やはり三河を離れるのは、悩まれるか。
「ただし、条件もある。一向宗の門徒としてではなく、本来の王法為本の教えに従う真宗の門徒としてならば歓迎すると」
「真宗としてで御座るか」
「うむ。真宗は本来、王法為本の教えのもと、その地の主に合力するものであると。顕如様も王法為本の教えの元、門徒へ呼び掛けておられるそうだ。一向衆は、門主の呼び掛けを無視して一揆を起こす無法者であるそうだ。顕如様のお優しさにつけ込む、戯けであるとおっしゃられておった」
新左衛門殿は、兄と相談すると、奥へと下がっていった。
織田家ならば、松平家との同盟を結んだばかり。
背後を守るのは、今川との戦を控えた殿の為にもなろう。




