47 愚痴
村井長頼視点です
尾張国 小牧山城 木下藤吉郎屋敷 前田利家家臣 村井長八郎長頼
「やられたのう…」
「何がやられたんじゃ、藤吉郎?」
木下藤吉郎殿の宅で、藤吉郎殿と主である前田又左衛門様が、酒を酌み交わしている。
藤吉郎殿の弟である小一郎殿と某を加えて四人で車座となって呑んでいる。
「何がってお前、小牧山へ移る折、三左衛門様が自分の館を壊していかれた事じゃ」
「ああ、なんでも上総介様も大層喜ばれておられたとか」
「それよ!小一郎!儂も早くに思いついておれば、殿にお褒めの言葉を、戴けたやもしれん」
相当悔しいのか、小一郎殿に愚痴を溢している。
「お主のボロ家など壊しても、大した事はあるまい?」
又左衛門様が茶化し、その言葉に藤吉郎殿は、ムッとして黙る。
話題を変えるため、疑問に思っていた事を言葉にする。
「しかし、あの三左衛門様が、そのような事をされるとは…」
三左衛門様の人となりから、清須の屋敷を壊して小牧山へと向かうなど考えつくものだろうかと思う。
「いや、どうやらあれは小太郎の仕業のようだ」
又左衛門様が、そう教えてくれる。
「なんと!小太郎殿か!なれば頷ける話よ。小太郎殿ならば、そのような策も思い付こう」
藤吉郎殿が納得したのか、頻りに頷いている。
まあ、同感だ。
あの小太郎殿ならばそのような事も思い付こう。
「小太郎殿というのは、槍の一振りで城一つ奪ったという、あの森小太郎殿の事ですか?」
槍一つで城とは…まあ、槍の一振りで服部親子を捕らえて、城を明け渡させたので間違いではないのか…
「おう、その小太郎よ。しかし、元服もしておらぬ童に、そのように活躍されては、我等の立つ瀬がないのう」
と言って、ガハハと笑う又左衛門様。
「笑い事ではないぞ又左衛門。このまま元服されてみぃ、我等の出世も遠退くわ」
「ならば小太郎が元服する前に大手柄でも立てるのだな」
「言われんでも立ててやるわい!」
藤吉郎殿は少し乱暴に酒を飲み干す。
まあ、嫉妬するのも無理はない。
何せ元服前にも拘わらず、三左衛門殿の預りとはいえ藤吉郎殿や殿より多くの知行を得ているのだからな。
「まあまあ、兄者。しかし、小太郎殿という方は実に多才ですな」
と、小一郎殿は酒を注いで回る。
実に如才ない。
「銭勘定に長けているかと思えば、槍働きでの活躍に、此度のような機転も利く。源氏の軍法をも齧っておるらしい。それに最近は、岡田助右衛門殿に歌も習っておるそうじゃ」
皆から、はぁと溜息が出る。
改めて聞けばやはり神童といわれる者なのだろうな。
いや、それ以上の鬼才か…
「まあ兄者。有難い事に小太郎殿は他の御歴々と違い、兄者に好意的な様子。態々反感を買いに行く必要は無いでしょう」
「まあ、そうじゃな…儂の祝言の恩もあるでな」
ああ、そのような事もあったな。
又左衛門様が、小太郎殿に酒を頼んだのだったか。
「そうですよ兄者。小太郎殿は森家の嫡男。何かと頼る事もあるやもしれませぬ。優れ者なのは良い事でしょう」
「そうだぞ、藤吉郎。俺の娘を嫁にやっても良いくらいだ」
又左衛門様…幸姫様は、まだ五つですよ…




