45 お引越し
永禄六年七月、殿は家臣たちに清須城から小牧山城に移れと命じられた。
まだ城は完成していないが、住居エリアは完成したらしく、さっさと移れと言ってきたのだ。
「父上、すでに準備は整っております。さっさと小牧山城の屋敷へと向かいましょう」
こっそり春頃から小牧山城への移転ができるように準備を進めていたのだ。
「準備を終えておるだと?」
親父が怪訝な表情で問いかけてくる。
「小牧山城の普請奉行をしている丹羽五郎左衛門殿と知己を得まして、もうすぐ住めるようになるという話でしたので」
やっぱり何事も人脈が大事だね!織田家の重臣とは仲良くなっておかないと。
「そうだな、用意が整っておるのならば早いに越したことはあるまい」
「ではいっそのこと、この屋敷を壊して小牧山城へ向かうというのは如何でしょう」
「なに?」
親父はビックリした顔で真意を聞いてくる。
「恐らく、清須へ帰ってくることもないでしょう。ならば屋敷など壊して、その意思を示すのもよろしいのではないでしょうか。
殿もお喜び下さることはあれ、御不興を蒙ることはないでしょう」
思いきってやってしまおう!殿が喜んでくれるかも知れないし!
今後の清須城は、城主を置かない番城となってしまうので、城代の役目が回ってきたとしても、住むのは殿の屋敷となるのだろうから、この屋敷はいらない。
困るのは後から此処へやって来た奴だけだ。
小牧山城への荷物も最低限にして、ここは岐阜城へ移るまでの腰掛けですとか言って胡麻を擂る事も考えてみたが、出来たばかりの立派な城を貶しているみたいなので止めておこう。
喜ぶか怒られるか分からないし、そんな賭けをしなければならないほどの低い地位ではないだろう。
「良かろう、小太郎の好きにせよ」
親父も、この清須の屋敷にそれほど愛着があるわけではないのだろう。
もともと殿の本拠は那古屋城で、そこに屋敷があったのだ。
殿が清須城を攻め落としたから、清須に移っただけなので、また小牧山へと移るだけなのだ。
今も元の那古屋の屋敷へ行く事などないのだから、今回もここへ戻ってくる事もないだろう。
そうだ、どうせ壊すなら室内戦闘訓練でもやるか!
家臣を攻防二組に分けての勝負だ。
何かの役に立つかもしれないし。
といっても、森家の戦いで思い浮かぶのは、本能寺の変ぐらいしかないが…
室内戦闘となればやりたいことがある。
それは…剣豪将軍ごっこ!
室内の床に刀を大量にブッ刺して、次から次へと刀を変えながら、敵を切り捨てていく遊びだ。
やるなら今しかない!
もう少ししたら永禄の変が起こって足利義輝が討たれてしまい、不謹慎だということで、とても実施できそうにない。
今ならば、ただの冗談で済む。
室内戦闘の戦法じゃなくて、本当にただの冗談だからな。
刀を用意できないから木刀だし。
剣豪ごっこは、親父には真面目にやれと怒られてしまったが、武藤五郎右衛門にだけウケた。
よく考えたら木刀でやるのは、切れ味なんてないし脂もつかないので、全く意味がなかった…




