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討ち死になんて勘弁な  作者: 悠夜
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 32 下方左近

下方左近貞清視点です

 尾張国 清須 織田家家臣 下方左近貞清


「左近殿!左近殿も三左衛門殿の所へ?」


 森三左衛門殿の屋敷へ向かう途中で、同じ馬廻の加藤又八郎と出会った。


「おお、又八郎もか。明日、三左衛門殿の子に稽古をつけてくれと頼まれてな。」


「ああ、小太郎殿ですか」


「又八郎は三左衛門殿の嫡男に会った事があるのか?」


「ええ、昨年の論功行賞の後、三左衛門様の屋敷で御会いしました」


 ふむ、会った事があるか。少し聞いておくか。


「又八郎は、その小太郎殿をどのように見た?」


「そうですな…齢十とは思えぬ程の大柄で、聡明な子で御座いましたな。屋敷では、新しい酒を造っておるだけではなく、商売にも手を出しておるとか」


 商売にかまけていないで、武芸にも力を入れろと言うことで呼ばれたのであろうか?


「商売に精を出しておるのか?熱田では石橋式部大輔を討ち取り、服部左京進を捕縛したとか…」


「それは間違いなく小太郎殿の手柄のようです。

 熱田の家臣も見ておりますし、父からの報せにもそうありましたので」


「ほう、では武芸にも秀でていると?」


「そのようですな」


 家臣などが主君の子に箔をつけるために、手柄を譲る事は珍しくもない。

 此度の事も皆、そう思うておるが、どうやら真に討ち取ったらしい。

 いくら三左衛門殿の子とはいえ、当時まだ十にも満たぬ齢での武功とは、信じがたいと思うたのだが…


「小太郎の話か?」


 柴田権六殿が徳利を片手にやって来て、某の器に酒を注いでくる。


「おっと、忝ない。権六殿は小太郎殿をご存知か?」


 酒の礼を言いつつ、小太郎殿の事を聞く。


「無論、よく存じておる。あやつは酒造りの才があるな」


 と、酒を掲げてくる。

 急ぎ酒を飲み干し、器を差し出すと、某や又八郎に酒を注いでいく。

 何も権六殿自ら注がずとも、お付きの者にやらせればよいものを、本当に気安いというか面倒見が良いというか…


「酒も本当にあやつが造ったようだな。蓮台の屋敷には小太郎の為の建屋があると三左衛門が言っておった」


 酒師に造らせたのではなく、自ら造るとは…


「少々商売事にも口を出しておるが利も多く、武芸も疎かにするでもなく熱心にこなすので好きにさせておるとか」


 では、喝を入れるのが目的ではなく、単純に稽古をつけて欲しいのか。


「又左などは、昨年の桶狭間の前に稽古をねだられて、初手で油断しおって槍を叩き落とされたらしいぞ。流石にその後は勝ったらしいがな」


 真であれば、文武に優れたまさに神童ということか。





「はっ」


 翌日約束通りに小太郎殿に稽古をつける。

 確かに齢十とは思えぬほどの力強さが腕に伝わってくる。

 力だけならば、元服したての若造のなかでも、そこそこありそうではあるが、又左衛門が槍を落とす程ではない。


 すると、思いっきり体を捻り槍を頭上に振りかぶってくる。

 あまりに隙だらけな姿に眉をひそめるが、稽古ということで初見は受けることにする。

 思ったよりも重い衝撃が来るが、受け止めることはできた。

 背丈の差によって高い位置で槍を受け止めたが、馬上からならかなりの一振りとなったやもしれぬ。

 油断した又左が槍を落としたのも頷ける。

 しかし、隙が多過ぎて不意討ちせねば使えぬか…


 小太郎殿は、打ち下ろしを防がれてからは、払いや巻き上げなどを器用に駆使しながら粘り強く勝機をうかがっている。

 一度などは、砂を蹴り上げようとしたようだが、睨み付けると諦めたようだ。

 まあ、貪欲に勝利を目指している所は評価するか。


 その後、小太郎殿も打ち下ろしを使うことはなく、崩しを交えながらの突きが主体となっていく。

 単調にならぬよう色々やっておるが、突きが来るとわかっておるので、楽なものだ。

 どうやら突きを鍛えたいようだし、付き合ってやるとするか…

 しかし、物覚えが良いのか突く度に、突きも引きも速くなり、鋭く正確になっていく。

 最後など捌き損ねて肩口を突かれてしまった程だ。


 まだまだ足りぬものも多いが、元服が楽しみだな。



「如何でしたか左近殿」


「そうですな、服部親子を吹き飛ばしたというのは大袈裟にしても、確かに石橋式部大輔殿を討ち取ったのは小太郎殿自身でしょう」


「ほう、それほどの腕は持っておると?」


「不意をつき馬上より振り下ろせば充分にありえるでしょう」


「いや、助かり申した。これで遠慮なく小太郎殿を頼りに出来るというもの。

 ささ、森家の酒ほどでは御座らぬが…」


 と酒を注いでくる。昔ながらの濁った酸い酒も良いものだ。


「では、某はこれにて」


 と、彦右衛門殿の屋敷を後にした。

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