292 岫雲斎怒朴
「岫雲斎怒朴に御座る」
「森傳兵衛と申します」
何故か、篠原長房と向かい合っている。
俺に興味を示したらしい長房が、阿波に戻る前に俺に会ってみたいと言ってきたらしい。
う~ん、正直どうなんだろ?
自遁が死んでしまったせいで長房に生き残りの目が出てきたとは思うが、三好長治との仲違いは有り得る事だと思うんだが。
こいつ、野田・福島の戦いの時はどうしてたっけ?
居たような居ないような…
どちらにしても、今俺と仲良くなった所で、織田家と敵対する事には変わりないと思うんだが。
勢力のトップでもない限り、一個人の友誼なんかでどうこう出来る話しでもないし。
まあ、今後何があるか分からないから、長房に限らず誰からも印象が良いに越したことはないけどさ。
「此度は傳兵衛殿に見事してやられましたな」
長房からは俺を称える言葉が出てくるが、明らかに値踏みするような目で見られているので、あまり嬉しくはない。
「なんの。城も落とせてはおらぬし、依然、篠原家の兵の方が数が多う御座る。岫雲斎殿が国許へ呼び戻され、この様な結果となり申したが、そうでなければ未々これからであったに違い御座らぬ」
長房が帰国する事にならなければ、今頃は高砂城で睨み合いになっていた事だろう。
長房の表情からも、負けたなどと微塵も思っていない事が読み取れる。
そうだ!序でに撤退の理由でも聞いておこうか。
長房が教えてくれるかどうか分からないが、殿へ報告しないといけないからな。
「ところで、急な撤退に御座いましたが、やはり…」
前に来ていた奴が、足利義栄の名を聞いて動揺していたので間違いないとは思うが、念の為にね。
「何故その様な事を?」
何故と言われてもなぁ…
「大樹の上洛が後半年遅ければ、恐らくは阿州武家様が次の大樹となられていた事でありましょう。その阿州武家様が御亡くなりになられたのであれば、武家に生まれた者として阿州武家様の御冥福を御祈りしたいと。大樹の手前、大っぴらには出来ぬ故、岫雲斎殿の居られるこの期にと」
うん、それっぽい、それっぽい。
俺、足利家を尊重している武将っぽく見えない?
「成る程…傳兵衛殿の御気持ちは、確と御伝え致そう」
はっきりとは教えてはくれないが、御気持ちを伝えると言っているのだから、やはり義栄が亡くなったのだろうな。
時期的にも義栄の腫れ物が悪化して亡くなる頃だし。
伝えるのは親の義冬か、弟の義助かな?俺には関係ないけど。
平島公方家はプライドが高そうだから、これから義助を立てて将軍職を狙っていくのだろうな。
せいぜい三好家を引っ掻き回してくれよ。
「しかし、その様な事まで御存知とは、傳兵衛殿は随分と良い耳を御持ちの様だ」
間者の事を探っているのかも知れないが、そんな人いませんよ。
居ても言える訳ないので、曖昧に微笑んでおくけど。
深読みして、居もしない間者を探したり、無実の人を間者だと言って処分してくれたりするかもしれない。
それが原因で内紛でも起こってくれたら尚良し。
ここで下手に策を弄して、裏切り者が居るよとか仄めかしても、見破られるだけだろうし。
深読みして、居もしない裏切り者を探せばいいんだ。
濡れ衣を着せられた奴が内紛でも起こしてくれれば尚良しだ。
そんな事を考えていた俺が黙って微笑むだけなので、長房は話題を変えた。
「今後播磨は如何なりましょう。今の下野守殿には播磨を纏める程の力は御座らぬ。果たして如何なされるのか」
まあ、その後どうなるのかは気になるわな。
でも、俺は知らないよ?
「さて、某には何とも。大樹と尾張守様が御決めになられる事ゆえ、某には分かりかねますな」
「ふむ。では傳兵衛殿は、どうなると予想されるか?」
しつこいなぁ…
「無理に纏める必要もないのでは?」
「ほう?」
「小勢の方が御しやすかろうかと」
別に俺は全国制覇をしたい訳でも、天下泰平を目指している訳でもないから、弱小勢力が多くて困る事はない。
寧ろ周りが小勢の方が、力のある織田家に逆らえないので有難い。
勿論俺が力のある勢力に属している事が大前提だけどな。
その後も長房の質問を適当に躱しながら、会談を終える。
疲れたわ~。
篠原家とは無事に和睦が成り、俺達は利生寺を離れ、小寺家との戦の前線である北脇城へ入る。
いきなり小寺家と合戦だ!とはならず、先ずは岫雲斎に書かせた撤退する旨を記した手紙と、織田家に降伏を促す書状を、赤松義祐と小寺政職それぞれに送りつける。
これで両家がどう反応するか様子見だな。




