288 於勝の初手柄
播磨国印南郡中島村 森勝
高砂城からやって来た敵は、加藤喜左衛門の思惑通りに此方を囲む様に扇形に兵を展開する。
「喜左衛門の言う通りとなったな」
「我等の思惑通りに進むとは、些か張合いが御座いませぬな」
喜左衛門は詰まらない、とカラカラと笑いながら敵兵を見やる。
「果たして敵の将が兄上であったならば、如何なされたであろうか?」
ふと兄上が敵将ならば、どの様な陣形で襲いかかってきただろうかと疑問に思う。
「ははっ、傳兵衛様であれば、抑出陣などなされますまい。襲い掛かって来ぬのを見越して、城内で悠々と悪辣な企みを練って更なる戦果を上げられるかと」
そうだな、喜左衛門の言う通り兄上ならば、のこのこと此の様な場所に現れはすまい。
「於勝様、そろそろ…」
各務孫太郎が、号令をかける様せっついてくる。
先程まであれだけ反対していたのに、いざやるとなると腹が据わるとは、頼もしい奴だ。
「皆の者!我等は行き掛けの駄賃に敵将の首を取りつつ、真っ直ぐに突き進む!」
「「応!!」」
俺の号令に部隊の半数程が答えるが、動きは鈍い。
「何も考えるな!前を遮る者を蹴散らしつつ、唯ひたすら前へ進めばよい!」
「応!」
喜左衛門の言葉に、単騎駆けで敵陣に突撃する兵がいた。
俺達も急いでその者の後を追う。
「ちっ!出し抜かれた!」
その者を悔しそうに呻きながら追いながら、傍にいた孫太郎に、その者の名を尋ねる。
「確か、豊前縫九郎かと」
そうだ、豊前縫九郎だ。
父上が新たに召し抱えた者だった
しかし、天晴れな単騎駆けだな。
名は確りと覚えたぞ!
しかし、一番槍の栄誉を奪われてしまったか…
「於勝様、一番槍等は家臣に御譲りなされませ。大殿や傳兵衛様も露払いは他の者に任せ、ここぞという場を狙っておられますぞ」
一番槍を奪われ若干不貞腐れている俺に、喜左衛門が諭してくる。
成る程、確かに兄上だけではなく親父も、始めは他の者に攻めさせて、後から疲れきった味方を尻目に美味しいところを搔っ攫ったという話を前田又左衛門殿から聞いたことがある。
「雑兵の首など下の者の手柄の為に残しておき、於勝様は大将の首一つのみを取れば良いのです。於勝様の露払いは奴等に任せて、敵の大将首を取りに行きましょうぞ」
よし!そうだな!狙うは大将首、唯一つ!
「皆の者!遅れをとるな!縫九郎に続け!」
俺が号令を掛けると、縫九郎の単騎駆けに遅れをとってなるものかと、皆の足が一層速くなる。
縫九郎の一番槍に勢い付いた蓮台、柳津の兵は、正面の敵に突撃していく。
「於勝様!あれに見えるが大将の篠原肥前守に御座る!」
「於勝様!参りますぞ!」
敵将の顔を知る多羅尾彦市が篠原肥前守を見つけると、妙に張り切っている孫太郎が肥前守目掛けて駆け出していく。
俺達も孫太郎に負けじと肥前守目掛けて足を速める。
後少しで肥前守に槍が届くという所で、流石に肥前守の近侍の者の邪魔が入る。
「行かせぬわ、小童!」
「どけ!」
立ち塞がる敵に向かい、叩きつける様に槍を振るう。
力任せに敵を押し返すと、透かさず九一郎が俺と敵との間に入ってくる。
「ここは御任せを!於勝様は肥前守の首を!」
チッ、獲物を取られたか…まあ良い。
今は肥前守の首を取る事が大事だ!
雑魚は九一郎に任せ、肥前守へ迫ると更に数人の邪魔者が現れる。
「邪魔をするな!」
正面の敵の喉を槍で突き、素早く引き抜いて更に隣の者の頭を殴り付ける。
「おのれ、小童ごときが!」
俺が敵を倒した後の隙を突こうと肥前守が槍を繰り出してくるが、難なくその槍を受け止める。
この程度で隙を見せる様な鍛練は積んでおらぬわ。
力は俺の方が上の様で、簡単に受け止めた槍を押し返す。
「ははっ、その程度か!その程度では当家の小者にも劣るぞ!」
「抜かすな小童が!」
俺の挑発に肥前守は力任せに槍を打ち付けてくるが、鍛練で兄上の槍を受けた時の威力にすら比ぶべくもない。
相手の槍を軽く捌いて肥前守の喉元に穂先を突き刺し、そのまま地面に叩きつける。
すると喜左衛門が、地に倒れた肥前守に素早く近付き、手慣れた手つきで首を取ると俺に差し出してくる。
「御目出度う御座いまする於勝様!」
おお!やったぞ!
あまり手応えの無い相手ではあったが、大将を討ち取る事が出来た!
「森勝が、敵大将篠原肥前守を討ち取ったり!」
肥前守の首を掲げながら大声で名乗りを上げると、周りの家臣達から「おお!!」っと歓声が上がる。
「於勝様、目的を果たしたからには疾くこの場を離れましょう」
「おう!そうだな!皆の者!このまま敵陣を突き抜けるぞ!」
彦市の言葉に頷くと、当初の作戦通り、兵達に更に前進を命じる。
大将を討たれて右往左往する雑兵共を、行き掛けの駄賃に更に三人倒すと、敵陣の後方へ抜け出る。
「於勝様!後詰めの兵が見えますぞ!旗印から傳兵衛様に御座いましょう」
小次郎の言葉に其方へ目をやると、確かに此方へ向かってくる一団が見える。
おお!兄上が来られたか!
本来であれば、このまま退却する予定であったが、兄上が来られたのならば、もう一戦いけるか…




