287 自遁
大代掃部介視点です。
播磨国加古郡高砂村高砂城 篠原家家臣 大代掃部介
「何?敵の織田家の後詰めが現れたと?」
我が弟の三四郎からの知らせに、主君である篠原肥前守自遁様が考え込む。
「本当に織田の兵か?詳しく!」
同輩の庄野和泉守が三四郎に詳しい話を申せと詰め寄る。
「織田家の兵に間違い御座らぬ。恐らく摂津の一向衆の知らせ通り、森傳兵衛の兵に御座ろう」
であろうな。
岫雲斎様の御内室は教行寺証誓殿の妹である縁で、織田家の森傳兵衛が播磨へ向かっているとの摂津富田教行寺の一向衆からの知らせが入っている。
しかし、先程の物見の知らせでは、織田の兵はこの高砂城を放置して西へ向かったとの事であったが?
「して、敵は此方へ向かって来るのか?」
「それが…川にて魚を捕って食しておるとか…」
「「はぁ?!」」
三四郎の報告に、皆も思わず声が出る。
「それは真の話か?!」
流石にそれは無かろうと、再度三四郎に問い質すが、どうやら間違いではない様だ…
敵の城を前にして魚を捕って食らうなど、一体何を考えておるのだ!
「我等が城より打って出る事はないと高を括っておるのだ!おのれ!」
敵の此方を馬鹿にした態度に、自遁様が地団駄を踏む。
「しかし、打って出ず城に篭れ、との岫雲斎様の命に御座る。攻めて来ぬなら、そのまま放って置けば宜しかろう」
和泉守が逸る自遁様を諌めるが、このまま城に篭り岫雲斎様を待つのは、手柄を全て岫雲斎様に奪われる様で些か面白うない。
此処は自遁様に手柄を上げさせ、家中での立場が向上すれば、自遁様の娘を室に迎えた儂の立場も自然と向上しよう。
先ずは敵の数だな。
「三四郎、敵の数は如何程か?」
「五十に満たぬ程度だが…」
その程度であれば簡単に蹴散らせるではないか!
「自遁様!敵は寡兵の上、油断しておる!簡単に蹴散らせましょうぞ」
「よし!鎧袖一触、蹴散らしてくれよう!」
儂の意見に自遁様も乗り気な様だ。
やはり自遁様も、岫雲斎様に思うところが御有りなのだろう。
しかし、いざ出陣という流れに、和泉守が待ったを掛ける。
「岫雲斎様の命は城を固める事に御座る。それに敵の目的は我等を城より引き摺り出す事に御座ろう。寡兵で我等を挑発しておるのだ。伏兵が待ち受けておるに相違あるまい」
「いや、あの辺りに兵を伏せておける様な場所はない。敵は北と西を川に囲まれた場所に居る。巽の方角より囲むように攻め立てれば逃げ場は無い。他の兵が戻ってくるのにも暫し時間が掛かろう」
和泉守の意見を、三四郎が否定する。
自遁様の方を伺うと、三四郎の言葉に出陣を決めた様で安堵する。
「和泉守は城に残っておれ。 我等は兵三百を率いて敵を叩く!」
兵五十の敵に対して此方は三百、楽な戦いになろう。
他の兵が引き返して来る前に、敵兵を叩き潰してくれる。
急ぎ出陣すると、敵はまだ報告のあった場所にいた。
流石に此方に対して迎え撃つ構えを見せており、油断した不意を突く事は叶わなかったが。
川に退路を塞がれた敵に対し、中央を自遁様、左翼を柿原源吾殿、右翼を儂が指揮し、数を頼みに攻め掛かる。
敵は背後に逃げられぬから、援軍が来るまでじっと防戦するか、我が軍勢の左右どちらかを破り逃げるしかない。
回り込まれぬ様、左右に兵を多く配して織田家の兵に襲いかかる。
「敵全軍、本陣目掛け突撃して来ます!」
はっ?敵は玉砕でもする気か?
三四郎からの知らせに敵の正気を疑う。
兵の少ない真ん中を突っ切って逃げるつもりか?
確かに左右の部隊に比べれば中央の兵数は少ないが、それでも敵兵よりは多いのだぞ?
「敵の方から殺してくれと言うのならば、望みを叶えてやろう!敵の後ろに回り込み逃げ場を無くしてやれ」
儂は敵の後方に回り込み、本陣の自遁様と敵を挟み撃ちにしようとする。
「既に柿原源吾殿の軍勢が敵の背後に回り込み、我等の入り込む隙がありませぬ!」
チッ!源吾めに先を越されたか!
ここぞとばかりに出張ってきおって、其程手柄が欲しいか、業突く張りめが!
「仕方ない、少し下がって様子を見る。まだ敵の後詰めは来ぬとは思うが、物見を欠かすな!」
敵も此方の兵に囲まれて身動きが取れまい。
放っておいても問題なかろう。
「掃部介様!大将篠原肥前守様御討ち死に!」
「は?!何と申した!」
家人よりの知らせに聞き違いかと思い、もう一度聞き返す。
「篠原肥前守様が御討ち死になされました!」
「馬鹿を申すな!他の者共は何をやっていた!」
「竹田三河守様、株之丞様も討ち死になされました!」
くそ!たかが五十にも満たぬ兵に、大将が討ち取られただと!
「兄上!敵の後詰めが現れた!」
何だと!この様な時に!
「急ぎ城へ戻る!」
自遁様が討たれたならば、この様な所に居ても仕方ない!
「兄上!自遁様を討たれ、尻尾を巻いて逃げるか!源吾殿は如何する!」
知った事か!
「源吾に任せよ!奴も頃合いを見て退こう」
敵の後詰めが来てはどうしようもない。
無駄死になど出来るか!




