285 マダカ
林小次郎(林為忠)視点です。
播磨国印南郡神爪村 森家家臣林小次郎
播磨高砂城に入っている篠原家と漸く戦かと思ったのだが、傳兵衛様は城に篭る敵を放置すると言われ、更に西の北脇城へ向かう事となった。
於勝様率いる蓮台と柳津の兵は、隊列の最後尾で高砂城を窺いながら西へ向かう。
於勝様は傳兵衛様に先陣を願われたのだが、あっさりと却下されてしまった。
於勝様と九一郎が不貞腐れていると、傳兵衛様は「果たして先頭にいる事が先陣を切る事になるとは限らぬぞ」と、意味ありげにニヤリと笑みを浮かべられた。
ということは、傳兵衛様は敵は高砂城より打って出て、最後尾の我等を襲ってくるとの御考えか。
これは我等の初陣への御膳立てだな。
流石は傳兵衛様、良く分かっておられる。
よし、ならば存分に暴れて、派手な初陣を飾ってやろうではないか!
「出て来ぬな…」
「来ませんな…」
九一郎と共に、出て来ぬ高砂城の様子を愚痴りながら西国街道を西へと向かう。
おかしいな、傳兵衛様の見立てでは敵が襲ってきても良い頃合いだと思うのだが…
「よし、もっと高砂城に近付き、鉛玉をくれてやろう」
敵が襲って来なくて痺れを切らしたのであろう於勝様が、突飛な事を言い出した。
「何を申されます!その様な事をしては、後で傳兵衛様に叱られるどころでは御座いませぬぞ!」
「左様に御座いますぞ、於勝様!迂闊な事を申されますな」
於勝様の発言に驚いた乾作兵衛殿と各務孫太郎殿が必死に於勝様を止める。
「何が迂闊なものか!ここで高砂城から敵を引き摺り出して一戦するのが兄上の思惑であろうが!敵には何としても、城より打って出てもらわねばならぬではないか!」
成る程、それはあるやも知れぬ。
於勝様と作兵衛殿、孫太郎殿の言い争いが続く中、少し離れた所で九一郎と共に三人の様子を眺めている。
「よし、小太郎!我等も於勝様に加勢するぞ!」
戦がしたい九一郎は、於勝様に加勢すべく御三方の許へ駆け出そうとするが、俺が気になったのは言い争いに参加していない傳兵衛様の与力である御三方の会話だ。
作兵衛殿と共に蓮台で於勝様を支えている堀田新右衛門殿と、柳津の城主である竹腰摂津守殿に代わり兵を率いておられる加藤喜左衛門殿と山内次郎右衛門殿の御三方は於勝様の言い争いを眺めながら何やら小声で話しておられる。
九一郎を引き留め、そちらの方へ近付き話を聞いてみる。
「於勝様を止めずとも良いのか、新右衛門?」
「心配めさるな、喜左衛門殿。於勝様が蓮台を任された折りに傳兵衛様から、余程の事がない限り於勝様の好きにさせよ、との御許しはいただいておる」
「ならば良いが…」
新右衛門殿と喜左衛門殿の話を聞いていると、どうやら多少の無茶は傳兵衛様より許しが出ておるようだ。
ならば存分に於勝様に加勢するか…
「はて?それは蓮台での政の話ではなかったか?」
喜左衛門殿が納得しかかった所で、次郎右衛門殿から待ったが掛かる。
「いや、その様な話は聞いておらぬが…確かに此度の戦でもとも聞いてはおらぬが…」
次郎右衛門殿の話に、新右衛門殿も自信無さ気に首を傾げる。
いかん!このままでは、於勝様の邪魔をされてしまうやもしれぬ。
九一郎に目配せすると、察した九一郎は急いで於勝様の許へ走り去る。
「御三方!」
九一郎が走り去ったのを見て、俺は御三方の話に割って入る。
「うん?如何された、小次郎殿?」
次郎右衛門殿が尋ねてくるが、咄嗟に話に割って入っただけで何も無い。
さて、どうやって時を稼ごうか…
「いえ、於勝様の話なのですが…」
「於勝様が、如何された?」
「此度の戦が初陣にて…」
俺が適当な話で時を稼ごうと於勝様の名を口に出し、ちらりと於勝様の方へ目を向けると、ひらりと馬に飛び乗る於勝様が見えた。
「皆の者、高砂城の兵を挑発しに向かうぞ!続け!」
於勝様はそう怒鳴ると、高砂城の方へ駆け出した。
「いかん!於勝様を追え!」
於勝様の周りにいた孫太郎殿等が、慌てて於勝様を追っていく。
流石は於勝様、行動が早い。
俺が時を稼ぐ必要もなかったか。
「次郎右衛門!お主は、前を行く殿に知らせを!他の者は急ぎ於勝様を追うぞ!」
喜左衛門殿も俺との話どころではなく、於勝様の後を追う為に兵を纏め始める。
俺は急ぎ於勝様の後を追う。
さて、これで敵が城から出て来てくれれば万々歳なのだがなぁ。
「於勝様!これから如何なされるのですか?」
於勝様に譲り追い付くと、今後の行動を尋ねる。
「このまま高砂城を攻めるのは、流石に兄上に叱られような」
「それは流石に傳兵衛様でも怒りましょう」
於勝様の言葉に九一郎も同意する。
「篠原家が高砂城を奪った事は、傳兵衛様も想定しておられなかったはず。その様な所で此方から仕掛けて、徒に兵を損ねる事を御許しになりすまい」
俺もその予想に同意する。
「成る程…ならばやはり、向こうから襲ってきてもらわねばならんという事だな!」
その通り!敵に襲われたのならば致し方ない。
傳兵衛様に叱られない!
「しかし、如何します?刈田をしようにも、もう刈り取られた後。濫妨取りをしたとて、此処は篠原家とは所縁もない土地故、出ては来ますまい」
近隣を荒らし回ったとて、篠原家にしてみれば自らの所領ではないので、知った事ではない。
流石に罵詈雑言を並び立てたとて、出てくる様な者に城を任せまい…
何か方法はないかと思案している中、そういえば声が聞こえぬなと、ふと九一郎の方を見ると、考える事に飽きたのか九一郎が近くの川に向かって矢を射ている。
流石に矢を無駄にするのは見過ごせぬので止めに入ろう九一郎の許へ向かうと、川では矢に貫かれた魚がビチビチと跳ねている。
「鱸か…」
「おう!小腹が空いた故、射た。傳兵衛様曰く、腹が減っては戦は出来ぬだ。先ずは腹拵えといこう!」
そう九一郎は言うと、ひょいひょいと矢を射て、更に鱸を射抜く。
九一郎は別段弓が上手いという訳でもないのに、良く鱸ばかりを射抜けるものだな…
俺は鱸ばかりを射抜く九一郎の弓の腕に呆れ、鱸を焼くために火を起こした。
「敵は、まだかなぁ~」
うるさいわ!




