280 英賀対策
援軍が到着するまで、まだ少し時間がある。
その間に出来る事は、やっておこうか。
河内願得寺の実悟を訪ねる。
これから向かう播磨国には、英賀という一向衆の拠点がある。
実悟に、その英賀一向衆の門徒共をどうにか出来ないかという相談をする為だ。
とはいえ実悟は非主流派だし、無理かなぁとは思っているが。
「傳兵衛殿、先年は斯波家の事で骨を折っていただき有り難う御座いました」
「なんの、実悟殿の頼み事とあらば、当然の事に御座います」
半年程前に実悟の頼みで、国外追放となっていた尾張守護の斯波義銀を尾張に戻れる様に、殿にお願いしに行った事があった。
その報酬である美濃での講演会は、まだ実現していないので、今回の頼み事を聞いてもらえると嬉しい。
「ところで、此度はどの様な御用向きで?」
「実は、大樹の命により、大樹に御味方する龍野の赤松下野守を救う為、播磨へ向かう事となりました」
念の為に今回の戦は、殿ではなく義昭の頼みだと言っておこう。
「ほう、それは御苦労な事で。それが拙僧に何か?」
実悟が不思議そうに尋ねてくる。
「困った事に英賀の三木家は大樹に敵対する赤松左京大夫に合力し、下野守と対峙致しております。これを実悟殿の御力で、何として頂けぬかと罷り越した次第に御座います」
英賀を治める三木家は熱心な一向門徒だ。
こいつを切り崩したい。
「拙僧に三木家を説得せよと?」
「某も主命故、下野守を救わねばなりませぬ。此のまま三木家が左京大夫に味方すると、英賀の町を焼かねばならなくなります」
「何と…」
播磨の一向衆の拠点である英賀を焼くと言うと、実悟の眼も鋭くなる。
「某もそれだけは避けたいのです。何卒御力を御貸し願いたい」
禍根が残らないというのなら、将来の為にも焼き払ってしまいたいが、そうも行かない。
「…うむぅ」
実悟は、何やら考え込んでしまった。
難しいのかな?
まあ、非主流派の実悟に伝手を期待するのが間違っているのかもなぁ。
まあ、英賀と戦う事になっても、俺は何とか戦いを避けようとしていたと、証言くらいはしてくれるだろう。
「難しゅう御座いますか…」
「傳兵衛殿は、英賀の本徳寺の住侍を御存知か?」
英賀の本徳寺?知らんな。
「浅学にて、存じ上げませぬ」
「本徳寺の住侍である証専殿は法主の妹御を室に迎えておられる方で、三河土呂の本宗寺の住侍も兼住しておられましてな。五年前の三河での一揆の折には、証専殿は三河に居られなかったのですがな」
「ほう、証専殿は三河の…」
三河一向一揆の関係者かよ!
しかも、顕如の義弟とか…
「和議が成った後、三河守は約定を破り、寺を破却し、僧を三河国より追い出しました。自らが不在の間に寺を破却されては、証専殿も三河守に含む処もありましょう。その三河守が合力する大樹にも思うところがあるのでしょうな」
まあ、約束が違うってのは分かるが、自分も一向一揆の時に自寺を諌めもせずに様子を伺っていたんだろうしな。
「当家は、三河での一揆に加担し、僧と共に国許を離れる決断をした者も多く受け入れて居ります。その者等の為にも何卒実悟殿の御力を御貸し下され」
おいおい、ウチには一向衆に加担して徳川家を出た者達も居るんだぞ。
まさか無責任にも見捨てたりはしないよな?
俺は、そいつ等の受け皿になってやってるんだ。
まさか、断りはしないよね?
「知己に本徳寺で務めていた者が居ったのですが、残念ながら昨年、異安心にて蟄居を命じられてしまいましてな…」
おい、異安心って…異端認定されたって事だろ?
そんなヤバイ奴を、俺に紹介しようとするなよ。
それに今からじゃ、そいつの蟄居を解いてもらう為の工作をする時間もないし。
「やはり英賀の説得は難しいですか…我等に味方せよとは申しませぬが、戦より手を引いて頂きたいのですが」
「法主に話を通して、拙僧も文を出してみますが、証専殿がどうするかまでは…」
う~ん、その本徳寺の関係者だったという人物に、こっそりコンタクトを取ってみようか…
あと、三河一向一揆に参加した家臣等にも手紙を出させないとな。




