272 栗太郡の戦い終結
京からの援軍は無いが、川向こうにいる石山城の兵や伝内が率いてきた小荷駄が仮橋を渡り俺たちの軍に合流する。
青地家の当主不在の隙を突いて家を乗っ取っていた青地伊豆守は、右衛門督殿の文が届くと、さっさと城を明け渡して蟄居してしまった。
青地伊豆守は、どうやら本当に六角家に対する義理で立ち上がっただけの様だ。
それに青地家の現当主である駿河守茂綱は、蒲生家からの養子なので、本来ならば青地家を継いでいたかも知れない先代当主の甥である伊豆守には、思うところがあったのかもな。
青地家のお家騒動も収まり、大日山城に篭る宮田長兵衛は、俺が使者として送った原田杢右衛門からの情報で、本当に孤立無援となったのを知ってとうとう降伏した。
長兵衛も結構意地を見せられたんじゃないかな。
満足だろう。
伊勢におられる殿に一連の報告をし、長兵衛は殿の判断が下るまで捕らえておく。
これで、栗太郡の反乱は一先ず終了かな。
大石弾正左衛門との約束の期日も過ぎたので、関津峠を越えて妙見山城へ向かう。
弾正左衛門は、約束通りに妙見山城と大石宗家の屋敷を明け渡し、宗家の人間達を屋敷に軟禁していた。
取り敢えず殿の命令があるまで、俺達は妙見山城に入り、弾正左衛門を仮の当主に指命して大石家を纏めさせる。
数日経って殿から返事が来る頃には、騒動は収まり、各地の様子も分かってくる。
杢右衛門の話で知ってはいたが、甲賀の野川へ向かった伊賀衆の本隊は、甲賀衆やウチの家臣である斎藤内蔵助等によって打ち破られ敗北し、伊賀へ逃げ帰ったようだ。
首謀者の六角義定は逃亡し、行方は分からないとの事だったが、杢右衛門の話通り、伊賀へ逃げ延びたのだろう。
多羅尾に攻め込んだ伊賀衆の分隊の方は、本隊が撤退したという知らせと共に自領へ引き上げていったらしい。
その際、追撃を試みた多羅尾家当主の光俊は、逆に鉄砲で狙い撃たれ、それを庇った光俊の三男の作兵衛は討ち死にし、当主の光俊自身も負傷したらしい。
幸い光俊の怪我は深いものではないが、元服したばかりの子を、自分が敵を追撃したばかりに討ち死にさせてしまい、大分落ち込んでいる様だ。
俺の家臣で、光俊の次男である彦市に、様子を見て来てもらった方が良いかも知れないな。
多羅尾家とは良い関係だし、これからも仲良くしていきたい。
南近江各地で起こっていた反乱も粗方収まったようで、もう京へ戻って大丈夫かなと思うのだが、殿の命令で暫く妙見山城に残って周囲に睨みを効かせる事となった。
そして、伊賀の宮田長兵衛の処分だが…
「長兵衛殿、お主は織田家に臣従し、二度と甲賀へ攻め入らぬと誓い、近隣の国人にも同様の誓紙を出す様に働き掛けるならば、放免とするとの事。如何?」
宮田長兵衛の治める伊賀国丸柱は、近江国との国境にあり、後々の為にも味方に付けておきたいという殿の判断だ。
宮田家が織田家に属したとして、何れ程役に立つのかは知らないが。
ひょっとしたら処分したりするのが、面倒臭かっただけかもしれないが。
「忝ない。決して織田家に背かぬと御誓い致す」
長兵衛は、あれだけ大日山城で粘ったのだから、織田家の言う通りにはならぬと切腹するかとも思ったが、あっさりと提案に乗った。
此度の戦で、父を撃たれ弟を殺された彦市は残念そうな顔をしているが、殿の命令だし仕方ない。
「ところで、多羅尾家との戦にて、当主の四郎兵衛殿を鉄砲で撃った者を存知おるまいか?嘸や名の知れた者に違いないと思うのだが…」
一応、弟の仇の名くらい調べてやろう。
「多羅尾家を攻めておったのは、音羽郷の音羽半六殿率いる一党と島原の富岡忠兵衛殿の一党、当家を含めた両家の近隣の者。その中で鉄砲の腕前で名の知れた者となれば…恐らくは音羽家の城戸弥左衛門ではあるまいか」
城戸弥左衛門…あっ、ヤッチマッタ…
すまん、敵討ちさせてやれないわ…
まあ、その場に居た鉄砲で有名な人物ってだけで、本当に城戸弥左衛門が多羅尾四郎兵衛殿を狙撃したかは調べてみないと分からないんだが…まだ、杢右衛門はいるかな?
さて、一段落着いたので妙見山城に奥田三右衛門を残して、俺は京へ引き上げる事にしようか。




