269 太刀を折られた…
大石弾正左衛門との約束の期日が来たので、関津峠を越えて妙見山城へ向かおう。
さて、素直に城を明け渡してくれるかな?
「殿、太刀紐が解れております」
仙石新八郎の言葉に腰を見ると、確かに太刀を吊るす為に腰に巻いている紐が解れている。
う~ん、それほど使ってないんだけどなぁ。
でも、切れて太刀を落としたら、みっともないしなぁ。
「新八郎、替えの紐を頼む」
馬を止め、太刀紐を外す。
替えの紐が来るまで、太刀を眺めていようか。
この太刀は、義昭から返してもらった祖師野丸の写しの影打ちだ。
祖師野丸を元あった祖師野八幡宮に御返しするのに、堀久太郎に頼んで写しを作ってもらったのだが、出来上がったと聞いて取りに行くと、太刀が三口並べられていたのだ。
まあ、太刀の写しを頼んだとしても、一口だけ打って完成させられるはずもない。
何口か打った中で、良い物や気に入った物を選ぶんだから、複数あって当然だ。
普通は一口を選んでもらい、それに銘を入れて納め、残りは無銘で売りに出したりするらしいのだが、俺は三口共下さいと奪って来た。
打ったのは、関左衛門尉兼道という美濃から京へ移って来たばかりの刀工で、完成した太刀は、かなりの出来だと思う。
出来上がった三口の太刀の内、何れが良いかと問われたので、全部下さいと御願いした。
三口の中で、一番出来の良い…気に入った物を真打として銘を入れてもらい鑑賞用に、一口は手間賃として堀久太郎に渡し、最後の一口を普段使いとして今腰に佩いている。
そんな事を思い出しながら太刀を拵から抜き眺めていると、辺りにパーンという音が何度か響く。
と、同時に太刀が弾かれて、手からすっぽ抜けそうになる。
反射的に太刀をギュッと掴み、持っていかれまいと引き寄せると、太刀を振り切った形になる。
ちょっと肩が痛くて、顰めっ面になりながら、音がした方を見やる。
鉄砲による狙撃か…
「殿!御無事に御座いますか!何をしている!賊を捕らえよ!」
岸新右衛門が、俺の周りを固めつつ、賊の捕縛を命じる。
「大事ない。皆も無事か?」
銃声は複数聞こえたので、誰か当たった奴はいないかと皆に問うが、どうやら誰も当たっていない様で良かった。
相手は、下手くそかよ。
「一度戻りましょう。追っ手の手配もせねばなりませぬ」
追っ手か…こんな一発も掠りもしない腕前の奴等を追ってもなぁ。
「ところで殿、まさかとは思いますが、その太刀で鉄砲の弾を斬られたのでしょうか?」
新八郎が問うてくるが、太刀で弾なんか斬れる訳ないじゃないか。
何を言っているんだ?
ああ、そういえば太刀を握ったままだったな…嫌な予感がする。
握ったままになっている太刀を見ると、切っ先の部分が折れて無くなっていた。
鉄砲の弾に当たって折られたのか…
「紛れ当たりに過ぎぬがな…未熟故、太刀を折ることになってしまった」
素直に折られたと言うのも悔しいので、振ったら運良く当たってしまった事にしておこう。
俺の言葉に新八郎が息を呑む。
「未熟などと、とんでも御座いませぬ!当てる事すら至難の技に御座いますぞ!」
「左様に御座います!殿は矢だけでなく鉄砲玉も切り捨てられますか!」
周りの家臣達も騒ぎ出す。
ゴメン、調子に乗りました。
勘弁してください。
しかし、作ってもらったばっかりの太刀なのに…鉄砲をぶっ放して太刀を折った野郎、ぶっ殺す!
「その様な事よりも周辺の者共に賊を捕らえるよう言い渡せ!必ず捕らえて、儂の前へ連れて来い!」
「殿、先ずは一旦陣へ御戻りを。殿の守りを固めねば、我等も動けませぬ」
俺が話題を逸らそうと賊を追う様に命じるが、三右衛門から窘められる。
三右衛門の言葉で、少し冷静になる。
そうだな、先ずは陣へ引き返さないと。
俺の安全が第一だ。
「済まぬな、頭に血が上っておった様だ。直ぐに帰陣する」
素直に三右衛門の言い分を認め、大日山城を攻略中の渡辺半蔵率いる森家の陣へと戻る事にした。
しかし、まさか俺が狙撃されるとは…全弾外れたから良かったものの、ここで俺が死んでいてもおかしくはなかった。
冗談じゃない!
陣へ戻ると早速、賊の捜索の手配をする。
襲撃現場は、陣からそれ程離れてなかったから、今から街道を封鎖しても十分間に合うとは思うんだけど。
「殿、山岡家、大石家及び田上庄の各家に伊賀への街道を封じ、賊を捕縛するよう命じました」
三右衛門の報告を聞いて一息吐く。
俺を狙撃しようとした奴等は許さねえ!
特に太刀を折った野郎は、ぶっ殺す!




