267 甲賀に援軍を
森吉成視点です。
伊勢国三重郡水沢村水沢城 森小三次吉成
殿が伊勢攻めより外され出番の無くなった我等は水沢城にて、日々槍の鍛練と政務を熟している。
同輩等の中には、殿が伊勢攻めより外された事に憤慨する者も多いが、殿は別段気にされてはおるまい。
あの方は、戦で武勲を立てる事に固執されてはおられぬからな。
その割りには戦に首を突っ込み、我等に武勲を立てる機会を存分に下さるが…
殿が上洛されてからは、その機会を得られておらんが、直ぐに我等の槍が必要となろう。
何せ殿には、戦を引き寄せる才があるからな!
「小三次、一大事だぞ」
同輩の稲田次郎兵衛が、一大事と言う割りには、笑みを浮かべながらゆっくりとやって来る。
「ほう、次郎兵衛の顔を見ると、どうやら吉報の様だな」
「吉報かどうかは分からぬが、我等にも出番が回ってくるやもしれぬ。伊賀に逃れておった六角右衛門督の弟が、伊賀衆と共に甲賀へ攻め入ったとの話だ」
「ほう、それはそれは」
今、織田家の兵の大半は、南伊勢に出張っておって、残っておる兵は少ない。
確かに我等の出番があるやもしれぬな。
次郎兵衛と二人、笑みを浮かべて頷き合っていると、馬に乗った武者が此方へ駆け込んでくるのが見えた。
うん?あれは、京に居られる殿の許で侍っておる筈の、弟の源八郎ではないか。
これは、次郎兵衛と話していた事が本当になったか?
「おう、源八郎ではないか!如何した!殿に何ぞあったか?」
「兄上!次郎兵衛殿!殿より急ぎの知らせに御座る!内蔵助様の許へ急ぐ故、失礼!」
儂が源八郎に声をかけると、源八郎は儂等に一声返して急ぎ走り去った。
儂も斯うしてはおられぬ。
「次郎兵衛、我等も内蔵助殿の許へ急ぐぞ!」
「応よ!誠に我等の出番やも知れぬ!」
源八郎を追い掛け、内蔵助殿の所に急ぐと、既に兼松又四郎と堀尾茂助もやって来ていた。
「おう、遅かったな次郎兵衛、小三次」
又四郎が勝ち誇った顔をしているが、どうせ偶然内蔵助殿の近くに居っただけであろうに。
又四郎の言葉を無視して、源八郎の話を聞くために内蔵助殿の許へ向かう。
しかし、殿が幼少の頃より仕えている者の中で、水沢に居る四人全員が揃っておるな。
これはやはり我等の出番だと、殿の仰せではあるまいか?
「殿よりの書状で御座います」
内蔵助殿は源八郎より書状を受け取り、すぐに読み終えると茂助に渡す。
そして、我等の顔を見渡すとニヤリと笑う。
「喜べ、期待通りお主等の出番だ。殿は甲賀へ攻め入った六角中務大輔率いる伊賀衆を叩けとの事だ」
内蔵助殿の説明に、やはりと皆の体に力が漲る。
書状に目を通した茂助が、源八郎に問う。
「敵は多羅尾と野川の二手に分かれ攻め入り、どちらを攻めるかは我等の判断に任せるとあるが?」
「はっ!某が京を離れた時には、どちらに中務大輔が居るのかは分かりませなんだ故、どちらを攻めるかは内蔵助様と大膳様に任せると。伊勢攻めより外されて鬱憤の溜まっておる者もおろうから、京の事は気にせず存分に暴れて参れとの事に御座います」
ほう、流石は殿よ!
「源八郎、どちらに中務大輔が居るか分かるか?」
やはり、大物が居る方に向かいたいと源八郎に尋ねる。
「甲賀で聞いた話では、どうやら野川に居る様に御座る」
源八郎から中務大輔の居場所を聞き、内蔵助殿の方を見ると互いの目が合い、頷かれる。
「野川へ向かい、六角中務大輔の首を狙う」
そう来なくてはな!
茂助も内蔵助殿の判断に頷いている。
「野川の方が多羅尾よりも近い。万が一、鈴鹿峠を越えて、此方へ来られても困る。多羅尾から勢多へ向かい殿と合流するよりも、領地を守る為に野川へ向かった方が良かろう」
いや、流石に中務大輔が峠を越えて此方へ攻めてくる事はなかろう。
京に上るか、観音寺城を目指すのではないかな。
茂助もその辺りの事は分かって言っておるのだろうがな。
「源八郎、お主は如何致す?すぐに殿の許へ戻るのか?」
「いえ、此方で内蔵助様に従う様にと」
ほう、では兄弟揃って、野川にて暴れるとしようか。




