266 大石家臣従
勢多城を攻める伊賀衆の背後から突撃すると、伊賀衆は呆気ない程簡単に崩れる。
勢多城の山岡家も城を出て伊賀衆に攻撃を加え、挟撃の形になると伊賀衆は、我先にと大日山城へ逃げ込んだ。
その際、残念ながら勢多橋は焼かれてしまったが、どうせ誰かが伊賀衆を攻めれば、橋は焼かれる事になったとは思うので、俺のせいじゃない。
橋が焼かれたせいで、対岸からの援軍が来づらくなったが、山岡対馬守と共に大日山城を包囲…という程ではないが、囲んで逃げられない様にする。
後は、誰かの援軍が来るか、敵が降伏するまで放置で大丈夫なはず。
その間に、自領へ退いた大石家へ降伏勧告の使いを送る。
二日後、大石家から大石弾正左衛門という男とその息子がやって来て、降伏を申し出る。
「此度は、当家当主の金右衛門が中務大輔様に唆され、六角家の旧領回復を目的としたものに御座います。決して尾張守様、大樹へ弓を引いた訳では御座いませぬ」
いや、六角家の旧領回復って、南近江一帯を取り返すって事だろ?
十分に弓引いてるやん…
「では、伊賀衆が攻めている多羅尾ではなく、勢多へ攻め上がった訳は?」
大石は、瀬田と多羅尾の中間に位置するので、伊賀衆の本隊に合流しても良かったはずなのに、逆の勢多側を攻めてきた。
「無論、勢多橋を落とし、京よりの援軍を足止めする為に御座います」
まあ、そうだろうけどさ…
「しかし、勢多橋まで兵を進めながら、橋を落としたのは、我等が戦を仕掛けた後に大日山城へ逃げ込む序でであった。これは如何なる思惑か?」
勢多橋まで攻め上がったのだから、さっさと橋を落としてしまえばいいのに、牽制するだけしかしない。
勿論、敵兵が大勢集まった後に落とした方が効果的だと思ったかもしれないが、そんなに時間を掛けたら、敵も普通に舟に乗ってやってくるだろう。
こんなのさっさと落として中務大輔と合流し、ある程度の領地を確保してから、殿や義昭と交渉すればいい。
織田家は伊勢で戦の真っ最中だから、案外聞き入れられたかもしれないのに。
「さて?宮田長兵衛が何を考えておるかまでは…当家は途中で引き返しました故、分かりかねまする。勢多を攻めたのは伊賀衆の宮田長兵衛に御座いますれば。当家は関津を攻めた折、長兵衛とは袂を分かっております故、長兵衛の考えまでは分かりかねまする」
いや、お前らが領地に引き返したのは当主が討ち死にしたからだろうが。
今回の事は大石家には関係ないとでも言いたいのか?
何を今更…
だが、まあ降伏するなら、面倒な事をしなくて済むのだから構わないか。
「良かろう、降伏は受け入れよう。妙見山城と館は我らが入る故、速やかに明け渡せ。尾張守様の命あるまで、金右衛門に代わり、其方が一族を纏めよ。金右衛門の一族は全て捕らえ、其方の一族と共に館へ送るように」
取り敢えずの当主としてお前を任命するから、城と人質と罪人を城へ寄越せ。
俺はそれで許してやろう。
殿から新たな命令が下されるまでの間の話だけどね…
「妙見山城を明け渡せと?」
弾正左衛門は、自領が削られるのは嫌なのか、当主一門の受け渡しよりも、そちらの方に難色を示す。
「仕方なかろう。関津城はお主らによって焼かれておるし、大日山城には伊賀衆が入っておる上、落としたとしても山岡家に返さねばならぬ。我等の入る城があるまい?」
俺達の入る城が無いんだから、お前らが提供しろや。
「殿、お耳を…」
「三右衛門、何ぞあったか?」
大石弾正左衛門との話が一段落つくと、奥田三右衛門がやって来て、俺に耳打ちする。
「只今、伊勢へ遣った源八郎と彦市が戻りまして、多羅尾、野川双方での戦は、共に我が方の勝利との事。残念ながら野川を攻めていた中務大輔は逃げ果せたとの事に御座います」
もう勝負がついたのか…六角義定も案外拍子抜けだな。
攻めてきたと聞いた時は焦ったけど、大した事はなかったな。
「しっかし、運が良い奴だなぁ」
六角義定の運の良さに、この時代にそぐわない間抜けな口調での言葉が口から漏れる。
三右衛門を見ると平然と何食わぬ顔をしている。
ひょっとして俺が気付いていないだけで、偶にそんな言葉で喋っている事があったんだろうか…
弾正左衛門の方を見ると、目が合った瞬間、素早く頭を下げられた。
恥ずかし!
「では弾正左衛門、三日以内に城を明け渡す様に」
取り繕うように弾正左衛門に申し渡すが、顔が引き攣るのを止められなかった…
弾正左衛門を帰すと、大日山城の攻略に戻る。
と言っても、山岡対馬守と共に大日山城の包囲を続けるだけだが。
大日山城に篭る宮田長兵衛とやらに、既に伊賀衆の本隊は瓦解し、六角義定は行方不明となったぞと教えてやり、さっさと降伏するよう促す。
しっかし、幕府の援軍はどうしたんだろう。
全然来ないじゃないか…
いくら勢多橋が落とされたから時間が掛かるといっても、他所から舟を集めてくるのにこれ程時間が掛かるとも思えないんだが。
「傳兵衛殿!」
「対馬守殿、何か御座いましたか?」
山岡対馬守が、俺を見つけてやって来る。
「勢多橋なのだが、明日には仮橋を架ける事が出来そうに御座る」
おお、漸く橋が復旧出来たか。
「これで京よりの援軍もやって来れますな」
幕府からの援軍が到着すれば、後の事はそいつらに任せて、京へ引き上げる事が出来る。
「その事に御座るが、石山城より知らせが届き、京よりの援軍は来ぬとの事に御座る…」
は?来ないだと?
「何故に御座るか?」
「詳しい事は未だ分からぬが、何やら三好家に動きがあり、摂津の守りが不安な為に兵を動かせぬとの事に御座る」
今、摂津の兵は播磨へ出兵しているので、摂津の守りが薄い事は確かだし、三好家が攻めてくるというのなら、兵を動かしたくないのは分かるが…
年始に痛い目に遭ったばかりだから、仕方のない事かもしれないけどさぁ。




