265 勢多の戦い
日も完全に沈んだ頃、いよいよ伊賀衆へと突撃を開始する。
敵軍を東から、勢多川の方へ押し込む様に攻め込んでいく。
これで川沿いに大日山城へ逃げ込めるだろう。
「声を出せ!敵を完膚なきまでに打ちのめせ!敵に森家の恐ろしさを教えてやるのだ!」
威勢の良い言葉を吐いて自軍の士気を上げ、兵に大声を出させて敵を威圧する。
勢多橋を挟んで石山城の兵と対峙していた上、後方の勢多城の動きも見張っていないといけない敵は、更に俺達に背後から襲撃され、日も落ちている事もあって十全には動けまい。
更に大声を出して威圧し、多少なりとも敵がパニックを起こしてくれれば良いなぁ。
此方の士気も上がるし、勢多城の友軍にも援軍が来た事が分かるしね。
「半蔵!南への道は塞ぐなよ!逆に逃げる者は全てそちらへ追い落とせ!」
「承知!」
大日山城や関津城は、奴等が焼いているから、最早籠城には向いてないけど。勢多橋を挟んで石山城の兵と対峙していた上に、勢多城の様子も注視せねばならなかった伊賀衆は、此方への警戒が大分緩んでいたのだろう、まともな指揮が出来ぬまま壊走状態となっている。
半蔵を先頭に敵本陣へ向かい一直線に斬り込んでいく。
何時もなら家臣に任せて安全な場所にいる俺だが、流石に勝ちしか見えないこの状況、存分に暴れ回る。
こんな討ち死にする心配の少ない状況、積極的に動いて俺の活躍を家臣達に見せておかないとな。
勿論、周りは岸新右衛門等の護衛でがっちり固め、不意討ちの対処も万全。
思う存分暴れ回ってやるぞ!
「ははっ、本国寺で三好勢と戦った時とは雲泥の差ですな。些か張り合いが御座らぬ」
「一時は天下を握った三好と伊賀の田舎者を比べるものではない」
護衛の木村又蔵と野中権之進が、伊賀衆に対して酷い事を言い合っている。
そりゃ、本国寺での戦いの時とは雲泥の差なのは分かるけど、お前ら油断して俺に敵を近付けたりするなよ?
「馬鹿な事を申してないで、警戒を怠るな!」
三右衛門、良く言った!
流石は未来の堀直政、良い事を言う。
そうだ、油断せずにいけ。
「左様。三右衛門殿の申される通り、戯れ言など申しておらずに今は敵を斬れ」
新八郎、その考えはどうだろうか…
まあ、ちゃんと仕事を熟してくれるなら、文句は無いんだけどさ。
3人、4人と順調に倒していると、漸く勢多城から山岡家の兵が飛び出してきて、戦闘に加わってくる。
その後は、敵は一目散に南へ逃げ出したので、もう首を取る事は出来なくなったが。
「殿!勢多橋が燃えております!伊賀衆が行き掛けの駄賃に燃やした様に御座います!」
岸新右衛門の言葉に勢多川の方を見ると…確かに燃えているなぁ。
「仕方あるまい。何時焼かれてもおかしくはなかったのだ。淡海を渡る手立ては、他にもある事ではあるし、敵が退いたならば、橋など幾らでも架け変えられよう」
橋の架け替えなんて、俺の仕事ではないしな。
新右衛門と二人で燃える橋を眺めながら話していると、山岡家の軍勢から一人のオッサンがやって来る。
「山岡対馬守に御座る。此度の後詰め、誠に忝ない」
ああ、山岡家の次男の景佐か。
「織田家家臣、森傳兵衛に御座る。なに、勢多は京を守る要所。その要所を預かる山岡家の後詰めに向かうは当然の事に御座る。それに山岡家は、正月の戦で逸早く後詰めを送って頂いた御恩が御座る。もし、後詰めを送らねば、忘恩の謗りを免れますまい」
本圀寺の変の時に俺が援軍を頼んで、真っ先に後詰めに駆けつけてくれた家だ。
勢多は京のすぐ近くなのに、他の国人等と一緒に後詰めに来たけどな。
志賀の陣対策では、地理的に山岡家の協力は欠かせないし。
…いや、志賀の陣が起こったら山岡家も自分の城を守る事に手一杯で、それどころじゃないかもしれないか。
「あの鑓中村を討った傳兵衛殿に恩義に感じて頂けるとは、後詰めを送った甲斐があるというもの」
山岡家当主の山岡景隆とは仲良くやっているが、弟の景佐とも良い関係を築けそうだな。
「殿!伊賀衆を率いておった宮田長兵衛は、大日山城跡へ逃げ込んだ模様に御座います」
半蔵の報告に、やっと伊賀衆の将の名が宮田長兵衛だという事を知る。
う~ん、聞き覚えは…ないな。
「傳兵衛殿は、大日山城に篭った伊賀衆を如何される御積もりか?」
「無理に攻める必要は御座らぬ。我等で城を囲んでおけば逃げ場など無いのだから。それよりも他の離反した者達の動きが気になりますな」
対馬守の問いに、そう答える。
逃げ場の無い宮田某なんて、囲んで降伏するのを待っていれば良いのだから、どうでも良いさ。
それよりも、近隣にいる六角義定に同調した奴等の始末をしないとな。




