264 供御の瀬
石山城で少し休憩を入れた後、昼過ぎに城を出て平津城を目指す。
大平上野介を平津城への使者として送り、城主の井上越前守にこちら側へ付くように命じる。
とはいえ、使者を送りはしたけれど、基本井上越前守には考える時間を与えず、攻め滅ぼす予定で行動するけどね。
しかし、もうすぐ平津城へ到着するという所で、使者として城へ送り出した大平上野介が急ぎ戻ってきた。
「戻るのが早いな、上野介。して、越前守は何と?」
「それが、城の者が言うに、越前守は城には居らぬと。どうやら越前守は、我等の軍勢が平津城を目指すのを知り、何処かへ逃亡した様に御座います」
…は?逃げただと?
「何処へ向かったか分かるか?!」
「それは…分かりませぬ。一族の者を連れ、勢多川沿いに南へ向かった様に御座いますが…」
ちょっと不味いか。
「城の兵は?」
「城に残っておる者は十数人ばかりですが、越前守は兵を引き連れて出た訳ではない様で」
あれ?伊賀衆の所へ援軍を頼みに行った訳でもないのかな?
でも、もし援軍を頼みに行くなら、残っている兵に城を守る様に命令するよなぁ。
そもそも、家臣の誰かを伊賀衆の所へ送って、自分は防御指揮を取るよなぁ。
まさか、本当に城を捨てて逃亡したとか?
「確かに、越前守が逃走してから、まだ余り時は経って居らぬのだな?」
「はっ!まだ半刻も経っておらぬ筈に御座います!追いますか?」
う~ん、一応越前守が勢多川を渡っていない事を、確認しておかないと不味いかな。
「越前守がどちらへ向かったのかを探れ。追う必要は無いが、勢多の伊賀衆の許へ向かったのでなければ放置してよい。上野介、お主には平津城を任せる故、そのまま指揮を取れ!反意なき者は、咎無しとして、そのまま城を守らせよ。責は越前守に全て負わせる」
まあ、越前守なんて伊賀衆に合流さえしなければ、どうでも良い。
どこかで牢人となるなり、帰農するなり、勝手にすれば良い。
「安芸守!お主は石山城へ戻り、五郎右衛門殿に手筈通り日暮れに兵を出してもらえるよう伝えよ!」
長束安芸守には石山城へ戻って、敵の目を引き付けてもらわないと。
「我等は一先ず平津城に入り、日が暮れるのを待つ!その後、勢多川へ向かい、石山城が兵を出し次第、川を渡る!速やかに渡河を終え、敵を挟撃する!」
万が一にも渡河の事を知られ、伊賀衆に邪魔されたら、こちらの兵の被害が大きくなる。
その前に、とっとと勢多川を渡ってしまおう。
幸い対岸の大日山城は、敵によって破却されているので、渡河を見られる事はないとは思うが、五郎右衛門が上手く敵の目を引き付けてくれたなら、多分大丈夫だろう。。
ひょっとしたら石山城の陽動が原因で、敵襲と勘違いした敵に勢多橋を焼き落とされてしまうかも知れないが、俺には関係ないし!
俺達が無事に渡河を終える方が重要だから!
日暮れを待って勢多川へ向かい、慎重に川を渡ったが、何事もなく渡河を終えられたので、急ぎ勢多城を目指す。
う~ん、ここまで敵が出ないとなると、本当に井上越前守は逃げ出したみたいだな。
まあいいか、好都合だし。
伊賀衆に落とされた大日山城なんか放置して、急ぎ勢多城へ応援に向かう。
川を渡ってから一時間程で、何とか勢多城近くへ到着する。
既に伊賀衆による勢多城攻めは再開されている様だ。
「よし!伊賀衆の背後より攻撃を加える!勢多の山岡家も城を出て、敵を挟撃する事となろう。だが、敵の首級は全て我等森家が頂く!山岡家に残してやる必要はない!よいな!」
「「「おう!!!」」」
こういう勝てる戦で、確りと俺の印象を皆に刻んでおかないとな。
「半蔵、敵が逃げるならば、大日山城へ押し込めておけ。囲んでしまえば何も出来ぬ。逃げ散って賊になられては敵わぬ」
敵を城に篭らせておけば、悪さは出来ないだろう。
後で、どうとでもなるさ。
まだ、大石家や多羅尾家に攻め込んだ伊賀衆も残っているし、こいつらばかり相手にしていられない。
さっさと終わらせないとな。
俺は兵を纏めている渡辺半蔵に指示を出すと、護衛の兵を率いて敵部隊へ突撃を開始した。




