262 勢多への出陣準備
先ずは多羅尾彦市を呼び出し、地理を把握する。
どうやら、伊賀衆が攻め込んでいる多羅尾家が抜かれると、隣接する大石家の領地を通って勢多まで出る事が出来るみたいだ。
琵琶湖の南から流れ出る勢多川の東岸に山岡家の勢多城があって、その下流に同じく山岡家の大日山城、更に下流に宇野家の関津、大石家の領地と続く。
川を下って大石家に攻め込めば良いように思えるが、関津を越えると川幅も狭くなり、岩もゴロゴロしていて舟では通るのは困難らしい。
成る程、淡海から大坂まで、兵を率いて舟に乗って勢多川を一気に下るという事は現実的ではないらしい。
大石へ攻め込むには、峠を越えるしかないみたいだな。
民部少輔殿が帰ると、早速家臣に指示を出す。
「彦市、源八郎!お主は伊勢に向かい、内蔵助と大膳に甲賀へ後詰めを送れと伝えよ!多羅尾、野川の何れに送るかは、二人の差配に任せる」
「「はっ!」」
取り敢えず、今の情報では多羅尾か野川のどちらが本隊なのか、どちらがヤバイ状況なのかも分からないので、水沢城の斎藤内蔵助と大久保城の谷野大膳の二人の判断に任せよう。
二人に任せておけば、後は何とかしてくれるだろう。
「三郎左衛門は、神戸家へ向かい事情を話し、行軍の許可を取れ!」
三雲三郎左衛門に、通り道となる神戸家に許可を取りに行かせる。
流石に神戸家も、隣の領地の事だし事情は分かっているだろうが。
既に援軍も出しているかもな。
「三右衛門!お主は先に勢多城へ向かい、山岡家の様子を見て参れ!」
奥田三右衛門を勢多の山岡家に向かわせ、現在の状況を詳しく聞いてくる様に命じる。
民部少輔殿の話では、大日山城は持ち堪えられそうもないとの事なので、勢多城の方で現在の情報を探って来るように。
大石家のみの兵力なら、大した数ではないんだが、大石家の兵数が五百なら、伊賀からの加勢が入ってるよな。
恐らくは、六角義定がやって来る事を前提で戦を仕掛けているのだろう。
だが、義定さえ到着しなければ、兵力が足りずに撤退するだろう。
流石に琵琶湖を渡って来る事はないと思うんだが…
「右京進、伝内、弥八郎は、京に残り兵糧の手配など諸事を頼む。儂は此より右衛門督殿の許へ向かう。出陣するは翌朝寅の刻。半蔵はそれまでに兵を整えておく様に」
ゆっくり行っても、昼前までには勢多城の近くまで行けるだろう。
幾らなんでも、俺が到着する前に勢多城が落城したりはしないよね。
近隣各地からの援軍も駆けつけるだろうし。
六角義治の許へ向かうと早速奥へ通され、すんなりと義治と会うことが出来た。
「傳兵衛、よく参った。用件は、中務大輔の事であろう?誓って申すが、儂や父の与り知らぬ事だ。中務大輔の独断であろう」
今まで散々聞かれているのであろう、まだ俺が口を開く前に初手否定から入ってきた。
「左様でしょうな。もし中務大輔殿が右衛門督様と通じておったのなら、既に南近江の兵が京へ押し寄せておりましょう。これは中務大輔殿が右衛門督様に成り代わり、六角家を奪おうとする野心の表れに御座いましょう」
「であろうな。次郎左衛門めが!当主の座を狙うとは、己の分を弁えぬ愚か者よ!」
義治は、自分に断りもなく事を起こした次郎左衛門こと中務大輔に大変お怒りだ。
正直助かる。
「中務大輔殿の事で近江衆にも動揺が広がっております。右衛門督様には、近江衆に中務大輔に従うなとの書状を出して頂きたい。ここは今一度、六角家の当主は中務大輔殿ではなく、右衛門督様なのだと知らしめねばなりませぬ!」
義治がストップをかければ、ちょっとは反乱も収まるはず。
「無論だ。近江衆には次郎左衛門に従う事はならぬと堅く命じよう」
よしよし、流石は義治だ。
これでこそ、仲良くしていた甲斐があるというものだ。




