261 まさかの義定
「傳兵衛殿!一大事じゃ!」
慌ててやって来た村井民部少輔殿にビックリする。
まさか、伊勢攻めの最中である親父が怪我でもしたのだろうか?
「如何なされた?まさか、某の父の身に何か?!」
阿坂城攻めで藤吉郎が弓で射たれるという逸話はあったが、もしかして代わりに親父が射たれたとか?
「いや、その様な話は聞いておらぬ」
な~んだ、ならどうでもいいや。
「では、如何なる事で?」
「昨年、観音寺城を出てより行方の知れなかった六角中務大輔が、伊賀衆の助力を得て甲賀の多羅尾、野川の二手に分かれ攻め入ったのだ。それだけではない。近江衆の中にも、それに呼応する者が僅かだが出ておる」
はい?
六角中務大輔…六角義定か。
まだ甲斐国に向かわず伊賀国なんかに残ってたのか…
昨年、観音寺城を脱出して、疾うの昔に甲斐国に逃げたものだとばかり思ってたよ。
六角義定の存在なんて、気にもしていなかったな。
「傳兵衛殿には、下田上の黒津へ向かって貰いたい」
「黒津に御座いますか?」
黒津って何処?
「左様。中務大輔に対して、直ぐに近隣の者が後詰めに向かったのだが、その隙をついて栗太郡の大石家などが離反して関津城を落とし、今は黒津の大日山城へ攻め寄せて来ておるそうだ」
関津は聞いた事がある。
勢多の南にある湊だったな。
確か、ここから京を通らずに山城国宇治田原に抜ける道が通っていたはず。
という事は、黒津ってのは、勢多と関津の間にあるのかな?
「大日山城の城主は何方に御座いましょう?それに関津城の城主は、如何なりましたか?」
「関津城の城主で青地家家臣、宇野源太郎は大石家の兵五百の奇襲を受け、嫡男と共に討ち死に。残る者は、城を捨て逃れたそうだ。大日山城の山岡家も、長くは持つまい。幾ばくか時を稼いだ後、勢多へ退くとの事。青地家、山岡家共に、今は伊勢攻めの最中。あまり兵は残ってはおらぬ。特に山岡家は、先年の大樹上洛の折、最後まで当家と対峙しておった故、伊勢攻めに力を入れておって、残しておる兵も少ない」
アカンやん!下手したら勢多まで抜かれるかもしれんやん!
それに山岡家が大日山城を捨てて勢多に退くのなら、黒津じゃなくて勢多に向かうべきなんじゃない?
流石に、山岡家が撤退するまでに援軍を間に合わせろって事じゃないよね?
民部少輔殿も、この事態に混乱しているのかな?
「右衛門督殿は?」
「いや、動いてはおられぬ」
六角義治が動いた形跡は無し?
義治との連携を取っていないという事は、六角義定単独の犯行かな?
義治もこの騒動を利用するような気配はないようだし、弟が自分に話を通さず行動したのが気に食わないのかな?
プライドの高そうな義治ならあり得るかも。
義定も、兄の復権を目指したのではなく、自分が当主になろうとしているのかもな。
「では右衛門督殿に、中務大輔に従わぬよう近江衆へ呼び掛けていただくというのは?多少の効果はあるかと」
それで離反した者が再び織田方に従えばペナルティを与えて赦せばいいし、従わない場合は滅ぼしてしまえばいい。
六角義治に、まだまだ発言力があると認める様で嫌だけど。
「おお!その通りだな!右衛門督殿に近江衆への文を出していただこう!」
だったら、早速出陣の用意に取りかからないとな。
出陣するのは主戦場じゃないし、当主不在とはいえ山岡家や青地家がいるなら、危険も少ないだろう。
留守番で鬱憤の溜まっている俺の家臣の息抜きには丁度良いだろう。




