258 詫びの酒宴
新御所造営中に起こった浅井方との揉め事は、義昭の仲介で和睦がなり、一先ず騒ぎは収まった。
そこで俺は、浅井方の当事者3人に詫びの酒宴をしたいと打診する。
悪縁とはいえ、縁は縁。
今回の騒動を利用して、接触を試みる。
しかし釣れたのは、野村直隆唯一人。
大野木、三田村両名には断られた。
まあ、一人でも釣れれば御の字だ。
「よくぞ某の誘いに御越し頂けた。ささ、先ずは一献」
直隆にウチの酒を手酌し、飲ませる。
直隆は、注がれた酒を飲み干し、「旨い」と洩らす。
「此度の事は誠に申し訳ない。佐久間家の足軽頭は打ち首、佐久間右衛門大夫にも然るべき処分が下る故、御腹立ちは尤もなれど、此度の事は収めていただきたい」
右衛門大夫殿の処分なんてしないけどね。
「既に備前守と尾張守様との間で手打ちとなったこと故、某は何も御座いませぬが、当事者の三田村左衛門大夫は…」
「それは当然に御座いましょう。人死にまで出たこと故、致し方御座らぬ。それにしても、織田家も浅井家も共に大樹を支えねばならぬというのに、それを理解できぬ者が多過ぎるのだ…嘆かわしい。仲良くせよとまでは申しませぬが、諍いは勘弁して頂きたいものです」
1ミリも思って無いけどな、そんな事。
俺の事を親浅井派の人間だと思ってくれれば、今後の浅井家に対する調略なども少しはやり易くなるかもしれない。
直隆は、俺の愚痴を聞いても乗って来ず、黙って酒を飲んでいる。
話題を変えた方が良いか…
「ところで、肥後守殿は国友の生まれだと御聞きしたが?」
「…よく御存知で」
突然、自分の生まれの話になった事についていけなかったのだろう。
直隆は、訝しげな表情を浮かべる。
「某、鉄砲に些か興味がありまして、堺、日野にて買い付けて参りました。しかし、尾張者からすれば、やはり鉄砲といえば国友に御座る。是非とも鉄砲の扱いに長けた肥後守殿に、口利きを御願いしたい」
直隆の生まれは鉄砲の産地である国友村だ。
そして、直隆は後に鉄砲頭として活躍する大名。
鉄砲を買い付ける時に、直隆を通す事で縁を深めていこう。
しかし、来てくれたのが野村直隆でよかったよ。
他の二人の事は、よく知らないからな。
「殿、そろそろ」
そろそろ良い時間となった所で、小姓の藤堂与吉がやって来る。
直隆に与吉の事を紹介する。
「肥後守殿、この者は備前守様に仕えている犬上郡の藤堂源助殿の次男で与吉と申します。この者に送らせましょう」
「与吉に御座いまする」
与吉も直隆に頭を下げる。
「藤堂殿の御子息か」
「与吉の若武者振りに惚れ込み、源助殿に頼み込んで仕えてもらっております」
本当は与吉が藤堂高虎なのを知っていたからで、別に与吉の武者振りに惚れ込んだ訳ではないけどな。
虎高に頼み込んで、与吉を仕官させたのは本当だから構わんだろう。
与吉も、満更じゃないという顔をしているし。
「ほう、それは末が楽しみな男子ですな」
「何か御座いましたら、藤堂家を通していただければ、某か与吉に伝わります故、よしなに」
与吉の父親の藤堂虎高や兄の高則は、浅井家に仕えている。
直隆も虎高も、同じ浅井家に仕える者だし、俺への窓口として利用させてもらおう。
与吉よ、同じ北近江出身の者同士、確りと親交を深めてきてくれよ。




