253 於勝が京にやって来た
一月九日。
まだ岐阜の殿はやって来ないので、本圀寺の変の始末をしたり、援軍に来てくれた国人衆や幕臣を饗したりしている。
特に山岡家、青地家、駒井家などの南近江の国人衆や磯谷家、渡辺家、佐竹家などの山城国の洛北衆には好印象を与えて、後に起こるかもしれない志賀の陣の時に、森家の盾になってもらわないと。
今回の戦では、俺の所領である伊勢水沢からの援軍が到着する事はなかった。
つまり、志賀の陣が起こった時にも、援軍が間に合わない可能性が高いという事だ。
志賀に近いという理由で、発展に力を入れている水沢だが、流石に鈴鹿山脈を越えて直ぐに援軍を出すのは無理があったようだ。
やっぱり、南近江に領地が欲しいなぁ…
後は、討ち死にした安田主税之介の遺体を葬り、子の岩福に知らせを送る。
岩福に主税之介の後を継がせ、落ち着いたら小姓として出仕するよう命じる。
ああ、小姓の森源八郞も、そろそろ元服させてやらないとな。
「殿、東福寺の宗淸殿が行方知れずとなっている様に御座います」
「ほう」
家臣達には、洛中の見回りや、知人の元へ向かわせての情報収集等をさせていたのだが、東福寺に向かった渡辺新左衛門(政綱)からの報告に、成程と頷く。
「新左衛門、松永霜台の所へ向かい、横道兵庫介という者がまだ大和に居るか確かめて参れ」
恐らく宗淸…尼子勝久は、尼子家の復興を狙って隠岐なり出雲なりへ潜伏しに行ったのだろう。
横道兵庫介が松永霜台の所から出奔しているようなら、勝久は確実に山陰へ向かったと考えていいだろう。
俺としては、尼子復興軍が活躍した方が良いのか悪いのか、どっちだろうな。
「兄上!」
尼子勝久の事を考えていると、外から俺を呼ぶ声が聞こえる。
幻聴かな?
於勝の声の様に思えるのだが、あいつは蓮台で政務に勤しんでいるはず…
「兄上!敵は?!俺が討ち取る敵は何処じゃ?!」
馬鹿な叫び声が聞こえる…どうやら幻聴ではないらしいな。
残念だ。
「戦が終わったのは三日も前だ。敵など残っておる筈もあるまい」
「やはりか…」
がっかりした声に、そちらへ顔を向けると、御勝だけでなく、父方の叔父の九一郞と母方の叔父である小次郎が消沈して地面に突っ伏していた。
よし、今からこいつ等を、三馬鹿と呼んでやろう。
「於勝、お主には蓮台の政務を言い付けてあったと思うが、何故此処におる?」
「何故とは如何な言い様。兄上が敵に囲まれたと知って急ぎ参上致した!父上からも許しは得ておる!」
於勝の後方へ目をやると、於勝と共にやって来た堀田新右衛門が頷いているので、どうやら本当の事らしい。
親父が許したのか…なら仕方ないか。
三馬鹿等と思ったのは悪かったかもしれない。
「父上の許しがあるのであれば良い。良く来たな、於勝、九一郞、小次郎」
身内3人を歓迎する。
しかし、まだ初陣するには早くないか?
とくに九一郞なんて、まだ九歳だろうに。
「そんな事より兄上!誠に敵は残っておらぬのか?!」
於勝…ダメな子…
乳母の於立の教育のせいだな…
「そうです!我等が取るべき首級は何処に!」
九一郞…そうだな…ずっと於勝と一緒にいるんだもんな。
「於勝様、九一郞、諦めましょう。傳兵衛様が、この様な所で寛いでおられるのです、本当に敵はおらぬのでしょう」
小次郎は、未練タラタラな於勝と九一郞を宥めるが、政務に勤しむ俺の姿を見て、寛いでいるなどと言う様じゃ、こいつも見事な脳筋に育っているじゃないか…はぁ。
やっぱり三馬鹿と呼んでいいみたいだ。
「於勝、その様な馬鹿な話より、父上は如何なされた?」
少し待っていたが、親父がやって来る気配がない。
「父上は、殿と共に本国寺へ向かうと」
ああ、先ずは義昭の所へ向かうわな。




